血 縁

11. 再起(第弐幕)

「乾月さん。
 少し不躾な質問を致しますが、宜しいでしょうか?」

神楽が申し訳無さそうに言うと
まるでその質問が来るのを予期していたかの様に
乾月は静かに頷いた。

「賀茂本家にお邪魔して、色々と聞きました。
 乾月さんも【賀茂家】の方なのだと…」
「私は分家の出だから」
「あれ? でも師匠の名字って…?」
「そりゃそうさ。だって【乾月】は母方の姓だもん」

乾月は呆気無くそう返答した。
悪気も無く、実にアッサリとしたものだった。

「えぇーっ?!」
「戸籍上はちゃんと【賀茂 猛(かも たける)】と記載されてるよ。
 私の父が賀茂家、母が乾月家なんだ」
「そう云う事だったのですね。
 でも何故、態々お母様の姓を名乗られているのですか?」
「賀茂本家は退魔業に否定的だったからね。
 私がこの道に進む際、問題が起こっては大変だからって
 両親と相談して決めたんだ。
 私がまだ十代の頃の話だよ」

「本家は好意的では無いんですね…」
「本家に出向いたって言ってたよね。
 神楽君達の事も歓迎して無かっただろう?
 まるで邪魔者扱いされたんじゃないかな」
「はい…。直ぐに帰されてしまいました……」
「今の賀茂本家は八乙女家や平家の様にはいかないよ。
 当主の代が変わらない限り、本家は協力しないだろう」
「どうしてなんでしょうか?」
「六条の報復が怖いからじゃないかな。
 実際、過去に何人も犠牲になったそうだから」
「……」
「【陰陽鏡】の真実を知る存在だからね。
 殺った相手が六条だと、私が確信したのは最近だが
 本家は遥か前から判っていたんだと思う」

乾月は実に淡々と語っていた。
まるで他人事の様にすら感じる。

「血族の仇を討ちたいとか
 陳腐な事を言うつもりは無いんだよ。
 私は六条が気に食わない。
 だから戦って、この手で倒す。
 それだけ」
「何だか…
 いつもの乾月さんと雰囲気が違いますわね…」
「これが私の本性だって事、かな。
 昔は鳴神の様な性格をしていたんだよ」
「…想像出来ない」
「だろうね。それだけ、成長したんだって事さ」

冷静沈着で頼りになる大人の男。
そんな乾月のイメージを自ら崩すような発言の数々に
寿星は多少ではあるが面食らっていた。

「変わったのは…十六夜と出会ってから、かな?
 彼はいつだって私の将来を案じてくれていた。
 彼はきっと気付いていたんだろうね。
 私が自分と近しい血を受け継ぐ者だって」
「だから…六条親王に悟られまいと……」
「十六夜は自ら姿を晦ませた…って事、か」
「そんな感じなんだろうね。
 事情を知れば、当時の私ならばきっと
 六条と合い見えようとしただろうし」
「今はどうですか?」
「やはり、共に戦う道を選ぶだろうな」

乾月はそう即答した。
迷いの無い返答だった。

「賀茂家の血を受け継ぐ者としてでは無く
 あくまでも十六夜の盟友として、私は戦う。
 例えたった一人になったとしても」
「師匠一人にだけ戦わせる訳にはいかないッスよ!
 勿論、俺も戦います!」
「寿星…」
「どの道、彼奴は俺達の顔を覚えてる筈。
 今更退けないッス」
「私達も同じですわ。
 私自身、八乙女の血を継ぐ者としても
 この街をこのままには出来ません」
「アタシも退かないよ。
 今はまだ敵わなくても、必ず勝つって信じて挑まないとね」
「神楽君、繊君…」
「きっと止められます。
 十六夜さんが残してくれた道、私達が受け継がないと…」
「…ありがとう、皆」

乾月は優しくニコッと微笑み、そう礼を返した。
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