遺 志

11. 再起(第弐幕)

乾月が去った後、鳴神はまだ喫茶店内に居た。
彼が手渡した資料を再度読み返していたのだ。

『そう言えば…
 師匠は【四神結界】の存在については知っていたが
 肝心の【陰陽鏡】に関しては知らない様だった。
 そもそも【四神結界】がどうやって張られたのか。
 もしかするとその辺りから探る必要が有るんじゃねぇか?』

祠が破壊され、既に用無しとなった筈の
上坂神社稲生神社に現れる刺客。
彼等は確かに【何か】を探している様だった。

『俺の勘に狂いが無ければ…
 【四神結界】の要は祠じゃねぇ。
 もっと別の物である可能性がデカい。
 だとすると、今度こそ先手を取らねぇと
 かなりヤバい展開になるって事だな』

カップに残された珈琲を飲み干し、席を立つ。
会計を済ませて店の外に出ると
鳴神は目を細めて空を見上げた。

「師匠に【四神結界】の存在を教えたのって…
 やはり十六夜なのかねぇ~?」

* * * * * *

帰路に着きながら、乾月は思い出していた。
【彼】との出会い、そして共に暮らした頃の事を。

不思議な男だった。
複数の暴漢に襲われていた所を助け出したが
如何して無抵抗だったのか理解出来なかった。
それについては何度か問うたが、返事は無かった。

「まるで捨て猫の様だったな…」

髪や髭で誤魔化してはいたが、純朴な人柄は直ぐに解った。
独特な口調も直に慣れた。
彼は詮索されるのを苦手としていたから、何も聞かなかった。
その代わり、常に共に行動した。
初めて出会えた、背中を預けられる男だった。

「とにかく知識が豊富で、驚きしかなかった。
 弓ちゃんの様に、多少未来も見えている様だったし…。
 だが彼は、そんな自分の力に否定的だったな。
 未来や過去も見通せたとしても
 【今】を生き抜く事が最も重要だと常に言い続けていた。
 自身は生に執着などしてなかったクセに…」

彼と出会い、自分は変わった。
己の宿世を否定しなくなっていた。
同じ宿世を持つ者を探し出し、導こうとしたのも
彼と共に戦ってきた日々が有ったからこそだと断言出来る。

「いずれ訪れる【別れ】が私達を強くしたのだとしたら…
 今度は朔耶こそが、そうなるのかも知れないね」

乾月の目には【彼】の、十六夜の微笑が
ハッキリと見えた様な気がしていた。

「お前が繋いでくれた道、私達が確かに引き継いだよ。
 自分自身の為、仲間達の為、
 そして…お前が愛したこの街の為にも、ね」
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