12. 記憶(第弐幕)

最近、街で奇妙な【噂】が流れている。
【クイ】という音が聞こえると言うのだ。

音の出ると言われる場所を調べてみると
最初は街の中心部からで、
徐々に範囲が拡大していった様である。

「街全体で聞こえるみたいですわね」

神楽は乾月が作成した資料に目を通しながらそう言った。

「そう言われてるけど、
 アタシはまだ一度も耳にした事は無いな」
「俺もだ。街中走り回ってんだけどな~」
「体験してみないと判断し辛い…」

繊の言葉に寿星も頷く。
一度でも自分の耳で聞いてみない事には
判断のしようがないのも事実だからだ。

「そう言えば」

ふと何かに気付いたらしく、神楽は寿星に声を掛けた。

「朔耶さんがどなたかを助けられた様で」
「それって…師匠情報?」
「はい」
「そうなのか、寿星?」
「ん…」

歯切れの悪い寿星の返事。

「何か遭ったのか? 不都合な事でも?」
「いや、そう言うんじゃなくて…その…」
「その、何?」
「……」

繊の追求に対し、寿星も説明する気になったらしい。

「兄ぃが助けた男ってのがさ
 …十六夜そっくりなんだよ」
「えっ?!」
「しかし十六夜さんは半年以上前に…」
「そうなんだよな。
 でも俺もこの目で確かめたから間違いない。
 姿形は瓜二つだ。
 …【陰陽鏡】の痣は無かったけどね」
「【陰陽鏡】…。あの日以来行方知らずのまま……」

「それ以外で違いはあるのか?」
「そうだなぁ~。リョウマ達の事が見えてないっぽい。
 霊感が無い人間と同じ反応してるっていうか」
「自分が生み出した使い魔が
 見えていないって事になっちまうんだよな、
 本人であれば」
「えぇ、本人であれば…ですけど。
 術師と使い魔の絆はとても強固なものですから
 殆ど考え難い事になりますわね。この現象は」
「成程…」

「他には?」
「自分の事を【僕】って」
「僕? 何か…らしくない」
「だろ? 繊もそう思うだろ?」
「うん…。朔耶には気の毒だけど
 別人っぽい気がしてきた……」
「だよな…。兄ぃには流石に言えないけど…」

「朔耶さん御自身も、覚悟の上でかも知れませんわよ。
 それでも『助けたい』と願われての事でしょうし」
「神楽ちゃん……」
「十六夜さんが復活されたのか、
 それともあまりによく似た別人なのか。
 それは私にも判りません。
 しかしこれも何かの縁が成せる業なのかも知れません。
 朔耶さん御自身が持っておられる【能力(ちから)】なのか…」
「兄ぃの、能力……」

「神楽の言ってる事、アタシには解るよ。
 だって朔耶って、困ってる奴を放っておけない質だろ?」
「あぁ、そういう事か!!」
「能力って言っちまうと堅苦しいけど、
 性格って言うか、気質って言えば」
「確かにそうだな。
 そもそも十六夜との出会いからしてそうだった」

「私達にも教えて頂けますか?
 朔耶さんと十六夜さんの出逢いを」
「まぁ…俺で良ければ。その時兄ぃと一緒に居たし」
「お前が教えてくれたって事は
 朔耶に内緒にしておいてやるから」
「絶対にバレると思うけどな~」

寿星は苦笑しながら、
あの晩の事を話し始めた。
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