迷 い

12. 記憶(第弐幕)

「あれ?」

不意に寿星が声を上げる。

「そう言えば、何処行ったんッスかね?」
「誰が?」
「新しい十六夜」
「?」

先程迄は傍に居ると思っていた
十六夜の姿が見当たらない。
朔耶も仲間達も気が付かない内に
姿を晦ませてしまったのか。

「やべぇ! 捜さないと!!」
「お待ちくださいませ」
「神楽?」
「私が参りましょう」
「何処に居るのか、判るのか?」
「心当たりが一件程。
 そして、動機も思い当りますもので」

神楽には相当の自信が有る様だった。
繊は力強く頷き、彼女を後押しする。

「アタシからも頼むよ、朔耶」
「まぁ…其処迄言ってくれるのなら…。
 で、俺達はどうすれば…?」
「お部屋でお待ち願いますか?
 必ず十六夜さんをお連れ致しますから」
「済まない、神楽」

朔耶はそう言って一礼した。
今は彼女に託すしかない。
神楽も笑顔で頷くと、理の森へと進んで行った。

* * * * * *

十六夜は森の奥、ヤスの首塚の側に立っていた。

何を言う事も無く、ただ暗い空を見上げるのみ。
しかしその心は激しく揺れていた。

「やはり此処にいらっしゃったのですね」
「?!」

不意に声を掛けられ、十六夜は肩を震わせた。
その声の主が小柄な女性、神楽と判ると少し表情を緩める。

「何となく、此処に居られるのではないかと思いましたの」
「どうして…ですか?」
「此処は貴方と朔耶さんが最初にお会いした場所だから。
 違いますか?」

不思議な事が有るものだ。彼女は理由を言い当てている。

「先程は私の連れが大変失礼致しました。
 本来は優しい性格なのですが、
 少々熱くなる所が御座いまして…」
「いえ…それは……」
「十六夜さん?」
「その名前…本当に僕が名乗って良いものかどうか…」

神楽には正直に打ち明けられる様な気がした。
知られざる朔耶の顔。そしてこの名前の主の事。
繊が激怒する位である。
その意味の重さは理解出来た。

「僕には…相応しくないと……」
「私は『貴方だからこそ』
 名乗っても宜しいのではないかと思いますわ」
「神楽さん…?」
「この名前を名乗っておられた方の事なら
 私も多少は存じております。
 私だけじゃなく、繊も…そして寿星さんも」
「……」
「朔耶さんは正直、
 まだお話出来る状況ではないとお見受けします。
 とても、悲しい別れでしたから…」
「そう、だったんですか…」
「貴方が知りたいと仰るのであればお教えしますわ。
 勿論、朔耶さんの許可を得てからになるでしょうが」
「神楽さん…」

神楽は黙って頷いている。本気の様だ。
暫し悩む様に目を閉じていた十六夜だったが
やがて笑みを浮かべ、言葉を発した。

「いえ、時を待ちます」
「十六夜さん…」
「朔耶さんが話してくれる迄、僕は待ちます」
「…解りましたわ」

神楽も笑顔でそう返した。

「では戻りましょうか。
 皆さん、心配なさってますわよ」
「済みません……」

優しく手を差し出し、神楽はハッキリとこう告げた。

「ありがとう御座います、十六夜さん」

それが何を意味しているのか。
十六夜も理解出来た様で、静かに頷き返した。
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