不意に寿星が声を上げる。
「そう言えば、何処行ったんッスかね?」
「誰が?」
「新しい十六夜」
「?」
先程迄は傍に居ると思っていた
十六夜の姿が見当たらない。
朔耶も仲間達も気が付かない内に
姿を晦ませてしまったのか。
「やべぇ! 捜さないと!!」
「お待ちくださいませ」
「神楽?」
「私が参りましょう」
「何処に居るのか、判るのか?」
「心当たりが一件程。
そして、動機も思い当りますもので」
神楽には相当の自信が有る様だった。
繊は力強く頷き、彼女を後押しする。
「アタシからも頼むよ、朔耶」
「まぁ…其処迄言ってくれるのなら…。
で、俺達はどうすれば…?」
「お部屋でお待ち願いますか?
必ず十六夜さんをお連れ致しますから」
「済まない、神楽」
朔耶はそう言って一礼した。
今は彼女に託すしかない。
神楽も笑顔で頷くと、理の森へと進んで行った。
十六夜は森の奥、ヤスの首塚の側に立っていた。
何を言う事も無く、ただ暗い空を見上げるのみ。
しかしその心は激しく揺れていた。
「やはり此処にいらっしゃったのですね」
「?!」
不意に声を掛けられ、十六夜は肩を震わせた。
その声の主が小柄な女性、神楽と判ると少し表情を緩める。
「何となく、此処に居られるのではないかと思いましたの」
「どうして…ですか?」
「此処は貴方と朔耶さんが最初にお会いした場所だから。
違いますか?」
不思議な事が有るものだ。彼女は理由を言い当てている。
「先程は私の連れが大変失礼致しました。
本来は優しい性格なのですが、
少々熱くなる所が御座いまして…」
「いえ…それは……」
「十六夜さん?」
「その名前…本当に僕が名乗って良いものかどうか…」
神楽には正直に打ち明けられる様な気がした。
知られざる朔耶の顔。そしてこの名前の主の事。
繊が激怒する位である。
その意味の重さは理解出来た。
「僕には…相応しくないと……」
「私は『貴方だからこそ』
名乗っても宜しいのではないかと思いますわ」
「神楽さん…?」
「この名前を名乗っておられた方の事なら
私も多少は存じております。
私だけじゃなく、繊も…そして寿星さんも」
「……」
「朔耶さんは正直、
まだお話出来る状況ではないとお見受けします。
とても、悲しい別れでしたから…」
「そう、だったんですか…」
「貴方が知りたいと仰るのであればお教えしますわ。
勿論、朔耶さんの許可を得てからになるでしょうが」
「神楽さん…」
神楽は黙って頷いている。本気の様だ。
暫し悩む様に目を閉じていた十六夜だったが
やがて笑みを浮かべ、言葉を発した。
「いえ、時を待ちます」
「十六夜さん…」
「朔耶さんが話してくれる迄、僕は待ちます」
「…解りましたわ」
神楽も笑顔でそう返した。
「では戻りましょうか。
皆さん、心配なさってますわよ」
「済みません……」
優しく手を差し出し、神楽はハッキリとこう告げた。
「ありがとう御座います、十六夜さん」
それが何を意味しているのか。
十六夜も理解出来た様で、静かに頷き返した。