共存の願い

12. 記憶(第弐幕)

その日の晩。
気まずい空気が漂う自室。

朔耶も十六夜も無言のままだ。
何とか一声掛けたいと思う朔耶だったが
どうもタイミングが合わないらしい。

『俺らしくねぇな』

一息吐いて冷静さを取り戻すと
朔耶は漸く口を開く事が出来た。

「済まなかったな、十六夜」
「?」
「いや、吃驚しただろ。
 いきなり怒鳴る奴が居たりとか、さ」
「多少は…。
 でも、彼女…繊さんの言い分も尤もですから」
「…その事なんだが」
「はい」
「外見が前の十六夜とそっくりなのは確かに事実だ。
 でも俺がこの名前でお前を呼びたいって思ったのは
 もっと別の理由が有る」
「別の…理由?」
「傷付いて倒れているお前を見付けて、
 何が何でも助けたいって思った。
 元気になっていく姿を見ながら、
 守ってやりたいって考える様になった」
「……」
「そして今は、共に生きていきたいって願っている」
「朔耶さん…」

「嘗て俺は、目の前で最愛の存在を死なせた。
 守れた筈なのに、守れなかった」
「…」
「それでも彼奴は、十六夜は…
 俺に『ありがとう』と告げた。
 俺には何も出来なかったと云うのに」
「……」
「それからずっと考えていた。
 彼奴が遺した『ありがとう』の意味を。
 其処に籠められた彼奴の【想い】を」

「…解ったんですか?」
「多分な。俺の今の行動は
 その考えに基づいていると言うか…」
「……」
「巧く説明出来ないんだけどさ」
「確かに、難しいですけど」

十六夜は少しはにかんだ様な笑みを浮かべる。

「朔耶さんの【気持ち】は伝わってきました」
「本当に?」
「はい」

今度は少し俯き、十六夜は言葉を続けた。

「胸の辺りが少し温まります」
「そうか…」

照れ臭さもあってか、朔耶も十六夜から視線を反らす。
そしてまた暫しの沈黙。
しかし部屋の空気は先程とは違い、重くはなかった。

「僕は…この名前の相応しい人間なのか自信が無かった」

十六夜はまだ俯いたままである。
声のトーンが低い事に気付き、朔耶は視線を十六夜に合わせる。

「繊さん達のお話を伺って…より一層その気持ちが強まりました。
 だから居た堪れなくなって、あの場所から逃げ出した…」
「そうだったのか…」
「はい…。でも…」
「ん?」
「神楽さんに言われたんです。
 『僕だからこそ名乗っても良い』と…」
「神楽らしいや…」
「だから今はこう思っています。
 この名前の本来の持ち主に恥じない様に
 僕は僕として生きていこうと」
「…それで良い」
「出来れば…」
「?」
「僕は、貴方と一緒に生きていきたい」

漸く顔を上げた十六夜は真っ直ぐ朔耶を見つめてきた。
朔耶も又、優しく十六夜を見つめ返した。

「共に生きていこうな。いつまでも」
「はい…」
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