惚れた弱み

12. 記憶(第弐幕)

『こう云う関係』に為るには
それなりの切っ掛けなり時間が必要だと言う奴も有るが
正直、そんなに意識した事は無かった。
【流れ】さえ掴めておけば、後は結果こそ物を云う。
今、此奴とこう云う関係になるのも
双方納得の上で…と表現すればいいのか。

優しく髪を撫でてやると擽ったそうに笑う。
此奴の顔って本当に中性的だな、と思う。
女ではないと明らかに判っているのに
それ以上に色っぽい目をして俺を射抜く。

『惚れた弱み』の一言に集約される。

「朔耶…さん?」
「ん? 考え事。それよりも、本当に良いのか?」
「えぇ。全く経験の無い事なんで何も解ってませんけど」
「記憶無いんだから当然と言えば当然だが…
 どうも身体の方にも『記憶が無い』っぽいし」
「どう云う意味ですか?」
「そう云う経験してたらさ、身体に痕跡が残ってるもんなんだよ。
 相手がどんな奴であろうが、多少はな」
「そうなんだ…」

そう。痕跡が無い。
この十六夜には今迄誰も『手出ししていない』証拠。
文字通り、俺が初めての相手となる。

今迄処女とこう云う関係になった事だってあるし
男の初物を戴いた経験が無い訳でも無い。
それなのに、俺らしくも無い。緊張しているのだ。
何も知らない十六夜を前にして。

「…らしくねぇな」

思わず失笑が漏れる。
十六夜は意味が解らず、その大きな目を更に大きくして
真っ直ぐに俺を見つめてくる。
改めて、綺麗な目をしていると思う。
黒色と云うよりも深い灰色掛かった色合い。
温かい闇と云う、不思議な色をしている。

「じゃあ、戴くとしますか。
 名実共に俺だけの十六夜に為ってもらおう」

クスクスと俺の下で声が漏れる。
吹き出したいのを耐えているのだろうが
その振る舞いが余りにも上品で
少しだけ『彼を穢す事』に戸惑いが顔を覗かせる。

『だけど、その躊躇がきっと過去の不幸に繋がったんだ。
 信念を持って突き通さなけりゃ誰一人護れねぇ。
 俺はもう、あんな後悔だけはしたくない』

そっと唇を重ねるとその温かさと柔らかさに安堵した。
幻では無い。確かに其処に居る。実感出来る。
そんな当たり前の事が、何よりも嬉しかった。

そして。

『漸く解った気がする…』

嘗て十六夜が俺に抱かれながら何を思っていたのか。
あの時に見せた表情の意味を。

『【村雨】も以前言ってたな。
 十六夜は間(はざま)で苦しんでいたって。
 それが何を意味するのか、あの時は理解出来なかった。
 平 朔耶の存在を知って、漸く納得がいった。
 そりゃ苦しむだろうなって…』

まさか今、自分がその時の十六夜と同じ立場になるとは。
だからこそ痛感する。あの時の十六夜の苦しみを。
でもそれが辛いとは思わない。
今は彼奴の苦しみが【理解出来る】からだ。
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