誓 い

12. 記憶(第弐幕)

平 朔耶はどんなに無念だっただろう。
そして、十六夜は
どれ程苦しみながら生きてきたのだろう。
気が遠くなる程の時間を……。

* * * * * *

「さく…や、さ…ん……?」

苦しい息遣いで十六夜が声を掛けてくる。
優しく抱き締め、頬に口付を送りながら
朔耶は何度も「大丈夫」と囁いた。
十六夜は微かに頷き、
不自由な体勢ながら腕を伸ばしてくる。
そのまま朔耶を抱き締めると頬を摺り寄せてきた。

「泣か…ない、で……」
「?!」

自覚の無いまま、また涙を流していたのだろう。
十六夜は朔耶の苦しみを感じ、
こうして抱き締めていたのだ。

『六条は俺を【当て馬】だと罵った…。
 実際にどうだったか、もう俺に確認する術は無い。
 今の俺はどうなんだろう…?
 やはり此奴を【当て馬】にして
 抱いてるんだろうか…?』

以前は気にも留めなかった事が不安を煽ってくる。
六条親王の狙い通りに
堕ちているのではないかと苛ついてくる。

「僕を…通じて、十六夜さんに…
 逢って、くださ、い…ね」
「? 十六夜、何を…?」
「僕じゃ…物足りないかも、知れないけど…」

何を突然言い出すのだろう。
朔耶には皆目見当が付かなかった。

「ずっと…思ってました…。
 朔耶さんの、役に立ちたいって…。
 でも、僕に出来る事は…何も無くって…。
 だから…どんな形でも良い、
 朔耶さんの…力に……」
「十六夜……」
「忘れられない位、大切な人…なんですから
 逢いたく…なるじゃ、ないですか…」

何も言えなかった。
十六夜は朔耶の為に【当て馬】になると申し出ているのだ。
こうして身体を委ねる事も朔耶を想っての事。
これ程迄にして自分を護ろうとしてくれている。
誰よりも、朔耶の事を。

形に違いはあれど、その姿勢は
嘗てあの漢が見せてくれたものと同じ。
ずっと目指していた背中の持ち主。
心底惚れ抜いたあの漢と。

「辛くないか? 相手が自分を通して誰かを見てるって…」
「でも、必ず僕を一度は見てくれるから…。
 その一度、一瞬で…幸せに、なれるんです……」

十六夜はそう言って微笑みを浮かべていた。
朔耶も又、釣られる様に笑みを浮かべた。
涙が溢れてきたが、敢えて拭わなかった。

『莫迦みたいだな、俺は。
 何だかんだ言っても嫉妬してただけだったんだ。
 【平 朔耶】の存在に対して…』

その嫉妬が随分とちっぽけな物と認識出来たのは
今自分の目の前に居る
十六夜の御蔭だと云う事も解っている。

「ありがとうな、十六夜」
「朔耶さん……」
「今度から、こうしてる時だけは【朔耶】な」
「え…?」
「恋人同士なんだから当たり前だろ?」

十六夜は顔を真っ赤にしたまま朔耶を見つめている。

「お前だけは俺が護るよ、十六夜。
 どんな事が遭っても、全力で護るから。
 お前が何処の誰とか、もうそんな事関係無ぇから」
「……」

赤面したまま、小さくコクリと頷き 一言。

「解りました。…【朔耶】」

朔耶は感謝の意を込めて、
目の前の愛しい者に口付を送った。
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