13. 逃亡(第弐幕)

十六夜は寿星達と一緒に
宮司で在る白露の手伝いをしながら
静かに日々を過ごしていた。
記憶は相変わらず戻らないままであったが
それでも彼は幸せそうだった。
朔耶との結び付きで
彼は何かを掴み取ったのかも知れない。

「まぁ、今の所は身辺異常無し…って事だね」
「はい、師匠」
「それならそれで良いよ」
「はい。あの、師匠」
「何?」
「六条の動きは掴めましたか?」
「六条自身は全く駄目だね。尻尾一つ掴めない」
「そうですか…」
「奴も無傷では済まなかっただろうからさ。
 その代わりか、木偶人形がウロウロと
 街中を徘徊してるみたいだ。
 そっちは鳴神に当たってもらってるよ」
「…高く付きそうな」
「お前が心配する事じゃないでしょ、朔耶」

乾月はそう言って笑った。

「記憶はまだ戻らないって言ってたね、彼」
「はい」
「断片も?」
「…少し、気になる事を呟いてました」
「どんな呟き?」
「【黄金の武士】だか【黄金の侍】だかって」
「【黄金の】…ねぇ」
「彼奴の記憶の一部なのかどうかは判りませんが」
「そうか…。その辺は少し私が当たってみるよ」
「ありがとう御座います、師匠」

「朔耶、お前は彼に付いていてやりなさい。
 彼、良い笑顔浮かべる様になったから」
「はい!」

朔耶の返事に乾月は笑顔で応じる。

しかし、朔耶は気付いていた。
乾月は今の十六夜を決して名前では呼ばない事に。
乾月にとっての【十六夜】は
あの日、桜と共に散ったままなのだと。

* * * * * *

「師匠の気紛れが当たり出してるな」

六条の手の者と思われる木偶人形。
その動きを炙り出す為に
鳴神は危険を承知で
何度も上坂神社稲生神社を訪れた。

「奴等は何かを探している。
 それはきっと【四神結界】に関わる物だ。
 だが、奴等はそれを見付けられずにいる。
 何故か…?」

鳴神は自身の推理を乾月にぶつけた事が有る。
その時の乾月の答えは。

「【鍵】は既に其処に在らず」

奴等は命令通り、鍵が既に持ち去られた跡地を
無駄に探しているに過ぎない。
ならば【鍵】は何処に行ったのか。
それを唯一知り得るのは十六夜だけだった。

「彼奴は何故それを誰にも言わなかったのか。
 朔耶はまだしも、師匠にも告げなかった理由は?」

秘密の多い人物ではあったが
彼が悪戯に黙っていた訳では無い事は理解している。
六条親王から皆を護る為に黙秘を続けていた事実も有る。
しかし、恐らくはそれだけではない。

「逆に考えろ。もし俺なら…どうする?
 【鍵】を何処に隠す? そして秘密をどうする?」

十六夜はきっと【何か】を遺している筈だ。
鳴神はそう確信していた。
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