帰 国

13. 逃亡(第弐幕)

今の十六夜と暮らすようになってから
また桜の季節が近付いて来ている。
徐々に暖かくなる気候に、膨らむ蕾に
朔耶は人知れず警戒心を強めていた。

あの【運命の日】から間も無く一年を迎える。

退魔師の仕事は時折入ってくる程度だった。
寿星、繊、神楽と組んでの仕事は容易いものだったが
それでも朔耶はその間、
決して十六夜の外出を許さなかった。
時には使い魔達に彼の護衛を頼んだ程だ。
普段見せない朔耶の真剣な表情から
十六夜もその真意を酌んで留守番を務めた。

『十六夜。主ノ無事、ズット願ッテタ』

リョウマの報告に毎度胸が熱くなる。
詳しい事情を知らずとも、
十六夜は朔耶を護ろうとしている。
それが、朔耶には嬉しかった。

* * * * * *

「珍しい訪問だね」

乾月はそう言って笑みを浮かべている。
玄関には大荷物を持った鳴神と
もう一つ、小柄な影が。

「鳴神を荷物持ちとは…なかなかやり手だこと」
「アタシからは何も言って無いよ。
 この子が親切で優しいってだけさ」
「良かったね、鳴神。絶賛されてるよ」
「師匠……」
「まぁ玄関先で、ってのも何だし…
 二人共、上がってもらえるかい?」

案内されるままに鳴神ともう一人、弓は
奥の座敷へと進んで行った。

* * * * * *

「帰国早々って出で立ちだね、弓ちゃん。
 家には戻らず、先に此方へ?」
「その方が良い様な気がしたからさ」

弓はそう言いながら鞄の一つを開いてみせる。
其処には古めかしい巻物の数々があった。

「六条親王に関しては
 これらの資料が役に立つかと思って」
「やはり…弓ちゃんが持ってたんだな。
 通りで奴等の行動が空振りになる筈だ」
「流石にこれを持って海外に出ちゃえば
 そう簡単には追って来れないだろ?」

弓が差し出した巻物に暫し目を通すと
鳴神は驚いた表情のまま彼女を見た。

「【四神結界】に関する謎も…
 これを見りゃ粗方判る。
 何でアンタがこんな物を…?」
「現存する平家の人間の中で
 アタシが一番適任だった、と言われたよ」
「誰に?」
「驚くかも知れないね。…十六夜君にさ」
「弓ちゃん、十六夜と顔見知りだったのかい?
 それは私も初耳だよ」
「済まなかったね。幼い頃の約束だったから」
「じゃあこの巻物は…」
「これ自体は賀茂 礼惟が当時の平家当主に託した物さ。
 妖刀を生み出す際に助力してもらった礼、とかで」
「……」
「この巻物は最初、全て箱に収められていたんだ。
 勿論術が掛けられていたから、
 長年未開封だったんだけどね」

弓は目を細め、過去を見つめているかの様な表情で
幼き頃の日々を話し出した。
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