また桜の季節が近付いて来ている。
徐々に暖かくなる気候に、膨らむ蕾に
朔耶は人知れず警戒心を強めていた。
あの【運命の日】から間も無く一年を迎える。
退魔師の仕事は時折入ってくる程度だった。
寿星、繊、神楽と組んでの仕事は容易いものだったが
それでも朔耶はその間、
決して十六夜の外出を許さなかった。
時には使い魔達に彼の護衛を頼んだ程だ。
普段見せない朔耶の真剣な表情から
十六夜もその真意を酌んで留守番を務めた。
『十六夜。主ノ無事、ズット願ッテタ』
リョウマの報告に毎度胸が熱くなる。
詳しい事情を知らずとも、
十六夜は朔耶を護ろうとしている。
それが、朔耶には嬉しかった。
「珍しい訪問だね」
乾月はそう言って笑みを浮かべている。
玄関には大荷物を持った鳴神と
もう一つ、小柄な影が。
「鳴神を荷物持ちとは…なかなかやり手だこと」
「アタシからは何も言って無いよ。
この子が親切で優しいってだけさ」
「良かったね、鳴神。絶賛されてるよ」
「師匠……」
「まぁ玄関先で、ってのも何だし…
二人共、上がってもらえるかい?」
案内されるままに鳴神ともう一人、弓は
奥の座敷へと進んで行った。
「帰国早々って出で立ちだね、弓ちゃん。
家には戻らず、先に此方へ?」
「その方が良い様な気がしたからさ」
弓はそう言いながら鞄の一つを開いてみせる。
其処には古めかしい巻物の数々があった。
「六条親王に関しては
これらの資料が役に立つかと思って」
「やはり…弓ちゃんが持ってたんだな。
通りで奴等の行動が空振りになる筈だ」
「流石にこれを持って海外に出ちゃえば
そう簡単には追って来れないだろ?」
弓が差し出した巻物に暫し目を通すと
鳴神は驚いた表情のまま彼女を見た。
「【四神結界】に関する謎も…
これを見りゃ粗方判る。
何でアンタがこんな物を…?」
「現存する平家の人間の中で
アタシが一番適任だった、と言われたよ」
「誰に?」
「驚くかも知れないね。…十六夜君にさ」
「弓ちゃん、十六夜と顔見知りだったのかい?
それは私も初耳だよ」
「済まなかったね。幼い頃の約束だったから」
「じゃあこの巻物は…」
「これ自体は賀茂 礼惟が当時の平家当主に託した物さ。
妖刀を生み出す際に助力してもらった礼、とかで」
「……」
「この巻物は最初、全て箱に収められていたんだ。
勿論術が掛けられていたから、
長年未開封だったんだけどね」
弓は目を細め、過去を見つめているかの様な表情で
幼き頃の日々を話し出した。