約 束

13. 逃亡(第弐幕)

「アタシが小学校に上がる前の頃だったね。
 祖父に呼ばれて、この箱の前に座らされた。
 何の事か解らないけど、好奇心が上回ったのか
 アタシは祖父の指示を待たずに箱に触れた」
「それで箱が解錠したのか…」
「その場に居た大人が皆驚いたからね。
 流石にアタシも焦ったよ。
 だけどさ、その時に
 詳しく事情を説明してくれる人が居たんだ」
「それが、十六夜だったのか…」
「あぁ。彼には『見えていた』そうだから」

会ったのはそれっきりだったが、
彼の言葉の重みは充分に感じられたからこそ
弓はずっと彼との約束を守り続けてきた。

『私と会った事は忘れて欲しい』

今思えば、十六夜が初恋の人だったのかも知れない。
もう二度と会う事は有るまいと、
この記憶を心の奥底に封じていた。

「人生ってのは奇妙の連続だね…」
「弓ちゃん……」
「六条と戦うにせよ、情報は武器にも防具にもなる。
 先ずは乾月ちゃん達に、これを読破して欲しい」
「朔耶は後回しで良いのかい?」
「朔なら何とかするだろうさ。
 アタシの見た未来が【真実】だとするなら…
 朔は自分自身で答えを見付け出す」
「流石は朔耶の母親…って所か」

乾月はそう言って微笑んだ。
弓も又、笑顔で返した。

* * * * * *

弓の帰国は乾月から白露経由で知らされた。
事情を呑み込めない十六夜に説明する時間も無く
朔耶はバタバタと家を片付け始めた。

「掃除も真面にしてなかったのがバレバレだからな」
「厳しい人なんですか? お母さん」
「結構こう云う面では厳しい。親父よりもな」
「そうなんだ…」
「あ、それ運べる? 向こうの部屋に」
「運んでおきます。押し入れには?」
「其処迄は良いよ。取り敢えず集めるのが先」
「解りました」

せっせと布団を運んでいく十六夜の後姿を
朔耶は微笑ましく見守っている。
すると。

ピンポーン

「ヤバい、帰って来た!」

自分の持ち場はそのままに
朔耶は慌てて玄関へと向かった。

* * * * * *

「成程…やはりそう云う事だったか」

巻物の内容を確認しながら鳴神が唸る。
どうやら幾つか立てていた仮説が
正解だったらしい。

「ならば…俺達自身が倒れる訳にはいかない。
 少なくとも妖刀の契約者は…」
「妖刀と契約する事で我々は
 【四神結界】の要そのものになっていた訳か。
 十六夜が妖刀遣いになる事に
 嫌悪感を示していたのも…そう云う事だ。
 妖刀を持つ事で結界の維持に絡む事になる。
 そうなれば自ずと六条の標的にされる」
「とんでもねぇ課題を遺して行ってくれたぜ。
 しかしこれ程遣り甲斐のある課題も無い。
 なぁ、師匠?」

鳴神の皮肉に対し、乾月は実に嬉しそうに頷いた。
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