白き道

13. 逃亡(第弐幕)

十六夜と対面しても弓は全くと言って良い程動じなかった。
それが朔耶には腑に落ちない点でもあった。
極自然に十六夜と会話を楽しむ弓の姿を横目で見ながら
母親の度量に改めて驚かされるのと同時に。

「ヤス君の首塚で…ねぇ」

十六夜は此処に世話になった経緯を
弓に説明している様だ。
彼女も時折相槌を打って真剣に話を聞いている。

「そう。そんな事が遭ったんだ」
「はい。だから朔耶は僕の生命の恩人なんです」
「そんな大した事してないと思うけどね」
「そんな事無いですよ!
 朔耶が助けてくれなかったら僕は…」

弓は十六夜を笑顔で宥めている。
当然彼女も以前の十六夜とは
別人である事は感じているだろう。
しかし乾月でさえも見せた【違和感】を
彼女から感じないのは何故だろうか。

「お袋」
「何だい?」
「あのさぁ。お袋って未来が見えるんだよな?」
「…そうなんですか?」
「見えるっちゃ見えるけど、見えないとも言えるね。
 未来何てのはさ、幾らでも『化ける』んだから」
「じゃあ今見えるのだけで良いからさ、教えてくんない?」
「何を?」
「俺達の未来さ」

弓は一瞬目を見開いて朔耶を見つめた。
暫しの沈黙の後、彼女は一言だけ彼に告げる。

「お前達の未来は見通せないよ」
「何で?」
「朔。お前の持つ光が強過ぎるんだ。
 陽光に照らされ過ぎて道の先が真っ白に輝いたまま
 何も見る事が出来なくなってる」
「陽光…。俺の持つ、陽の力って事か…」
「そう云う事。だから逆に考えな。
 見えないなら創り出すんだよ。白く輝く光の道を」
「成程。そっちの方が俺らしいかも」
「…もう、大丈夫だね」
「ん? 何か言った?」
「独り言さ。気にすんじゃないよ」

先の見えない不安は生きていれば誰もが経験する事だが
自信が無い時はその不安が強大な塊となり、
自身を飲み込もうとする。
半年前の朔耶とは違う、強さを思い出した今の息子に対し
弓は漸く安堵の息を吐く事が出来たのだった。
そして彼女の独り言を聞いていた十六夜は
何も言わず、只一人微笑を浮かべて頷いていた。

* * * * * *

弓から乾月に渡された巻物はそのまま神楽に預けられた。
彼女であれば内容を読み解き、
寿星や繊に説明する事が出来るからだ。

「確かに弓さんが頻繁に
 海外へ出られている理由が理解出来ます。
 この様な物を託されたとあっては、
 国内に居る方が危険ですわ」
「そんなにヤバい物だったのか、この巻物」
「弓ちゃん、全然そんな素振り見せなかったな。
 仕事の関係で海外に出てるって聞かされてたし」
「まぁ寿星にはそう説明するだろうな。
 アンタ経由で朔耶に話が流れたら拙いだろうし」
「…で、どんな内容なんだい? 神楽ちゃん」

寿星に促され、神楽はゆっくりと説明を始めた。

「やはりさまざまな仮説は当たっていた様です。
 賀茂 礼惟は【陰陽鏡】の継承者に十六夜さんを指名し
 彼を守護する役目を平 朔耶と言う少年に託しました。
 そして…都を或る存在から護る為に張られた
 四神結界は、5人の武士の人柱により成立した…と」
「人柱?」
「えぇ。彼等5人の魂はそれぞれ刀と融合し…
 体が朽ちても永久に都を守る要となる」
「まさかそれって…妖刀の事かい?」
「そう云う事になります。
 妖刀遣いは妖刀の力を限界まで引き出す事の出来る
 この世界での【媒体】となる存在だと云う事も
 巻物には書かれてありましたわ」
「…十六夜はその事」
「御存じだったのでしょう。だからこそ、黙秘を続けた…」
「……」

繊は言葉を失い、俯いてしまった。
神楽も同様だった。
だが寿星だけは何かを悟ったかの様に
真剣な眼差しを神楽の持つ巻物に向けていた。
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