季節は回る

13. 逃亡(第弐幕)

桜の花が満開だから、と氏子の老婆に声を掛けられた。
確かに今年も薄桃色の景色が広がりを見せている。
この分だと恐らく、火産山も満開が近いだろう。

あの日、あの時、あの男に会わなければ。
【彼】を喪わずに済んだだろうか?

* * * * * *

「写真の仕事が入ってさ」

朔耶は気が乗らないながらも十六夜に声を掛けた。
こう云う時だからこそ離れない方が良い。
本能がそう語りかけてくる。

「その…火産山の風景を撮って来いって」
「あぁ。あの山は見事な桜なんですよね。
 僕も見に行ってみたい」
「そうか…。そうだよな、見たいよな」
「朔耶?」
「一緒に行くか?」
「連れて行ってくれるんですか?」
「勿論さ。写真撮りに行くだけだし」

朔耶はそう言って笑みを浮かべた。
彼の足元にはリョウマとハヤトが待機している。
朔耶の心情は口に出さずとも伝わっている。

「一緒に行こう」
「はい!」

嬉しそうな十六夜の表情を見つめながら
ふと思い出した様に、朔耶は懐から或る物を取り出した。

「これ」

「綺麗な数珠ですね。…水晶?」
「お前にやるよ」
「え? でも、こんな高価な物…」
「何かさ。お前が持ってた方が良い気がするんだ。
 この数珠もその方が嬉しそうって云うか」
「そう、なんですか?」
「何となくな」
「……」

十六夜は正直困惑している様だった
いきなりのプレゼントに数珠、然も高価そうな品である。
『あの十六夜が遺した物』とは流石に朔耶も口に出来ず
如何した物かと考えあぐねていた、が。

「お言葉に甘えます」

十六夜はニッコリと微笑みながらそう返答した。

「朔耶がそう言ってくれるって事は
 きっと僕の為になる事、なんでしょ?」

予想以上の返答に今度は朔耶が動揺する。
赤面した顔を見られたくないと俯き、
頭を乱暴に掻きだした。

* * * * * *

「鳴神の兄貴、生傷増えてません?」
「敵陣に飛び込む様な真似やってるからな。
 傷受けてる様じゃ俺もまだまだ甘いってこった」
「はぁ~」
「で、聞こうか。街で噂の【声】って奴」
「あぁ。【クイ】って声と言うか、音が聞こえるとかで」
「街中でか?」
「はい。最初はもっと範囲が狭かったそうなんですけど」
「何処だ?」
「えぇ~と…」

寿星は地図を広げ、声が聞こえているというポイントを示した。

「…何てこった」
「え?」
「よく地図を見ろ、寿星。街の中心部に何がある?」
「何って…九重ですよね? 遺跡って聞いてたけど」
九重ってのは時の帝の居住地だ。歴史位勉強し直しとけ」
「へっ? …って事は」
「此処に六条が居るってこった!」
「っ!!」

「奴はこの都に執着している。
 時の帝、玄武帝の長兄でありながら東宮に成れなかった。
 だからこそ次男でありながら東宮となった十六夜を恨んだ」
「じゃあ【クイ】ってのは……」
「【憎い】で間違い無いだろうな」
「……」
「寿星、お友達二人にも忠告しておけ。
 『九重には近付くな』とな。
 師匠には俺から話しておく」

「強襲出来ませんかね?」
「無理だな。先ず九重は一般人立ち入り禁止の場所だ。
 それに、恐らく奴を倒すには駒が足りん」
「駒?」
「【陰陽鏡】だ。十六夜が死に、【陰陽鏡】も砕かれた。
 今のままじゃ強襲した所で奴等には勝てない」
「そんな…っ」
「だが、奴等も何故か俺達を皆殺しには出来ない理由がある」

六条親王やその手下達はこの街を自由に闊歩出来ていない。
何が彼等の力を封じているのか。
鳴神はまだその謎を解けてはいなかった。
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