進 展

13. 逃亡(第弐幕)

火産山は去年と変わらない様子だ。
見事なまでに咲き誇る桜の樹々は
まるで二人の来訪を歓迎しているかの様だ。

「十六夜」
「どうしました、朔耶?」
「此処で一枚撮らせてくれ」
「僕を…?」
「そうだけど。…何? 一人じゃ嫌?」

照れ臭そうに肯定の頷きをする十六夜に対し
朔耶は思わず苦笑を漏らした。

「一寸待ってろ。三脚を用意するから」

カメラのセルフタイマーを使えば一緒に映れる。
それに気付いた朔耶は荷物を方から下ろすと
慣れた手付きで準備を始めた。

* * * * * *

その頃。
鳴神は調査内容を携えて乾月宅を訪ねていた。

「此処迄揃えるのは結構苦労したぜ」
「あぁ、御苦労様」

礼は述べても乾月の関心は既に調査書に向いてる。

「六条の部下だけどよ。
 最近は上坂神社にも稲生神社にも姿を見せていない。
 どう思う、師匠?」
「新たな命を受けた…って事じゃないかな。
 その2ヶ所の探索を捨ててでも
 優先させたい事案が発生した、とか」
「やっぱりその線か」
「…朔耶は?」
「さぁ? さっき寿星に電話を掛けたら朝から出掛けてるって」
「一人でか?」
「十六夜? 彼奴と一緒らしい」
「……」
「師匠?」

「鳴神…。もしかすると私は
 今迄大きな勘違いをしていたのかも知れない…」
「どう云う意味だ?」

『時は巡り 月は再び満ちるであろう。
 その光に導かれ 太陽が目覚め 全てを取り戻す』

乾月は四神結界に纏わる巻物に書かれていた或る文を口にする。

「覚えているか、鳴神?
 弓ちゃんが持っていたあの巻物に書かれていた文言だ」
「確か、四神結界についての巻物だったよな」
「そうだ。この文言は【陰陽鏡】の事を指していると私は読んだ。
 だがこれがもしも【予言】だったとするならば…
 十六夜は死んでいなかったのかも知れない」
「はぁ? だって師匠見たんだろ? 十六夜の体が消え去るのを」
「あぁ。霧の様に消え去ってしまった。確かにこの目で見た」
「じゃあ…っ」

「…弓ちゃんが言うには、十六夜は巻物を全て暗記していたらしい。
 不完全な形で継承してしまった【陰陽鏡】を一度破壊する事で
 同時に彼は生命を落としてしまった。
 …そう考えていたが」
「時が満ちて復活するって事を想定した上での行動って事か。
 だが相当危険な賭けだぜ、師匠」
「あぁ、とても危険だ。だからこそ六条一派の裏を取れる」
「成程ねぇ…。文字通り『敵を騙すには先ず味方から』か」
「実に十六夜らしい戦略だ。だが危険な策にもなった。
 今の彼がもしも本当に十六夜であったとするならば
 現状ではとてもじゃないが戦力にはならない。
 寧ろ、致命的な弱点と化している。
 これは彼にとっても大きな誤算だったと思う」

乾月の表情が徐々に険しくなっていく。

「六条一派が見付け出す前に十六夜の身柄を保護、か。
 かなり厄介な事になって来たな」
「我々が気付いたと云う事は、六条も察しが付いてる可能性が高い。
 私も今から出掛ける。
 もう少し付き合ってくれるかい? 鳴神」
「…寿星達も呼び出しておいてくれよな」

悪態を吐きながらも鳴神は既に準備を終えていた。

「勿論だ。彼等の助力無しでは有り得ん。
 では急ぐとするか」
「了解」
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