雲行き

13. 逃亡(第弐幕)

その気配に先ず気付いたのは同伴していたムサシだった。
朔耶の左肩に留まっていた彼は
不意に翼を大きく開いた。

『どうした? ムサシ』

朔耶は十六夜に悟られない様にと
念話を行う事にした。

『邪な臭いが漂ってきている』
『邪な臭い?』
『血と肉の臭い。腐臭…と言っても良い。
 闇夜に巣食う眷属の好む臭い』
『六条本人か、それとも寿星達の言う手下か…。
 いずれにしろ、油断は出来ねぇな』

十六夜の姿を横目で見るが、彼は何も気付いていない様子だった。

『ムサシ。上空から奴等を探ってくれ。
 但し単独で攻撃はするな。六条自身だと危険だからな』
『御意』

ムサシは勢い良く青空と一体化する様に飛び出した。
彼等の会話を聴いていたリョウマとハヤトも臨戦体制である。

『こんな場所で戦いたくはないが…』

複雑な思いが去来する。それでも、護らなくてはならない。
自分達だけで彼を、十六夜を。

『此奴だけは巻き込まない様にしないとな。
 もう、此奴は関係無いんだから…』

* * * * * *

ムサシが偵察に飛び立って1時間は経っただろうか。
朔耶がずっと上空を見つめている事に気付いた十六夜は
何も言わずに彼の側に立ち、同じ様に空を見上げた。

「ん? どうした、十六夜?」
「天気が崩れて来るんですかね。さっきまで快晴だったのに」
「山の天気は崩れ易いって言うからな。
 ボチボチ引き上げ時なのかも知れない」
「では、そろそろ帰りますか?」
「そうだな…」

朔耶の言葉の直後、いきなりのどしゃ降り雨が起こった。
幾ら天気が荒れ易いとはいえ、これは余りにも急である。

「これだけ雨が激しいと…却って下山は危険かも…」
「そうだな。先ずは雨宿りだ」
「はい。…?」
「どうした?」

十六夜はガタガタと震え出していた。決して雨の所為ではない。
彼は何かを見付け、それに恐怖しているのだ。
朔耶は慌てて彼の視線の先を確認した。
この山の中では相応しくない白装束の優男が二人。
朔耶は知らないが、鳴神と何度となく戦ってきたあの男達だった。

「何だ、お前等?」

朔耶は臆する事無く睨み付ける。勿論リョウマとハヤトもだ。
白装束の二人組は朔耶に興味が薄いのか無反応だった。

「此方へ…」

二人組の一人が十六夜に向けて手を差し出してくる。
此方に来いと呼び掛けているのだ。

「行くんじゃねぇぞ、十六夜。
 お前は何処にも行かなくて良いんだ。
 此処に居れば良い。俺の直ぐ傍に」

遮る様に朔耶は十六夜の前の右腕を伸ばす。
行かせない為に。そして、護る為に。

「邪魔を…するなっ!」

業を煮やしたのか、白装束の一人が刀を取り出し
朔耶に向けて駆け出して来た。
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