再 会

13. 逃亡(第弐幕)

苦悶の表情を浮かべながら十六夜は覚醒した。
朔耶の腕の中に居る事を悟る迄に多少の時間を要したが
やがて安心したのか、申し訳無さそうに顔を臥せた。

「思い出したんです…」

彼は静かに語り出す。あの日、朔耶の救われた日。
その直前迄に何が起こったのかを。

「それ迄の記憶はまだ有りません。
 覚えているのは街中で白い着物の男達に襲われてからです」
「やはり彼奴等はお前を狙ってたって事なんだな」
「理由は判りませんが…恐らくは……」
「それで、あの黄金色の鎧を着た男は?」
「判りません」
「え? 奴の事も?」
「はい。でも…」
「でも、何?」
「あの時、何処に逃げれば良いのかを
 教えてくれたのはあの人でした。
 手を引いて蓮杖神社迄連れて来てくれて、森へ逃げる様にと」
「そうだったのか…」
「僕はその事を忘れてしまっていました。
 あの人も敵側の人間なんだと勘違いをしてしまっていた…。
 どうしてそんな風に勘違いしたのか判らないけど…」
「理由も判らないまま生命を狙われて、
 オマケに必死に逃げてきた後だからな。
 記憶が混同しちまってもおかしい事じゃねぇさ」
「朔耶…」

朔耶はボケットからハンカチを取り出すと
器用に十六夜の左足首を縛る。
骨折はしていないだろうが、
性質の悪い捻挫だと悪化の危険性も有る。

「家に帰ったら直ぐに叔父貴に見てもらおう」

朔耶は十六夜にそう声を掛け、彼を負ぶって立ち上がった。
木々の隙間から顔を出す月は曰く付きの姿をしていた。

「十六夜月か…」
「……」
「帰ろうな、十六夜。俺達の家に」
「はい、朔耶」
「皆、ありがとうな。御蔭で俺達は此奴を喪わずに済んだ」

朔耶の言葉に動物達は何かを語り合っている様だった。
その言葉を理解出来ず、朔耶は十六夜と顔を見合わせる。

『ハヤト。彼等は何て言ってるんだ?』

十六夜を驚かせない様に念話を行う朔耶に対して
ハヤトは首を横に振った。
彼等の今の言葉を朔耶に知らせてはいけないと
念を押されたのだろう。

「本当にありがとう」

朔耶はもう一度、感謝の思いを口にした。
彼等の姿が見えなくなる迄、動物達は彼等を見送っていた。

* * * * * *

一方 同日夕刻。

「これ、兄ぃの仕事道具っすよ。
 カメラまでこんな所に残して姿を消すなんて…」

寿星は地面に置き去りにされたカバンや三脚を持ち上げ
乾月に異常な事態を訴えていた。

「ムサシの誘導で来たのは良いが、一歩遅かった様だね」
「じゃあ兄ぃ達は…」
「巧く逃げたかも知れない。戦闘の跡が彼方此方に残っているが」
「何処迄逃げられたのかは判りませんよね…」

乾月は腕組みをしながら何かを考えている様だったが。

「山を下りよう。朔耶達が巧く下山していると期待するしかない」
「え?」
「どの道 この様な場所で戦えば我々が不利だ。
 戦場は平地に限る。そうは思わないかい、寿星?」
「た、確かにそうですけど…」
「決まりだね。寿星。
 朔耶の道具はお前に預けるよ。
 彼もこの仕事道具が無いとこれから困るだろうし」

寿星の不安を和らげる為にか、そう言って乾月は微笑んだ。
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