油 断

14. 虎徹(第弐幕)

背中越しに感じる体温の上昇と荒い呼吸。
左足首の捻挫が悪影響を及ぼしているのだろう。
少しでも早く下山し、医者に診せなければならない。

「もう少しだ。もう少しで山を下りるからな」

何度もそう声を掛け、励まし続ける。
だが自分自身の体力にもそろそろ限界が見えてきた。
この足場と視界の悪い中、怪我人の男を背負っての下山は
幾ら体を鍛えているとは言っても過酷極まりない。

「少し…休んだ、方が……」

十六夜も又 朔耶の体力の減少を感じ取っていた。
此処で二人、力尽きる訳にはいかない。

「…そうだな。強がってても駄目なものは駄目か…」
「そうですよ…。無理しちゃ、駄目だ。
 皆…心配するから…」

『皆』と言われて、不意に朔耶は何かを思い出した様だった。
しかし次の一瞬、脳裏を過ぎった映像が消え去ってしまう。
忘れてはいけない、大切な記憶の筈なのに。

「朔耶…?」
「何でもない。大丈夫だ…」

そう、忘れてはいけない【何か】。
どうしても取り戻さなければいけない。
朔耶には何故かそんな気がしていた。

* * * * * *

暫しの休息で随分と気力体力が回復した。
これならば一気に下山出来るだろう。
山を下りれば今度は幾らでも交通手段が残っている。

「さぁ、行こう。立てるか?」
「はい」

十六夜は木の幹に手を掛け、ゆっくりと立ち上がると
そのまま伸ばされた朔耶の手を取ろうとした。

しかし。

「?!」
「十六夜っ!!」

何者かに動きを封じられる。
首と胴体に纏わりつくのは腕。
あの二人組が再び姿を現したのだ。

今度は十六夜を羽交い絞めにし、朔耶を挑発する。
瞬時に朔耶は【村雨】を召喚して構えた。

「刀を捨てろ」

もう一人はそう口にし、自身の魔剣を十六夜に向けた。
抵抗すれば彼を斬るとでも言いたいのだろう。

「捨てる必要は無い!
 朔耶! 彼等を斬ってくださいっ!!」

動きを封じられたまま、十六夜は叫んだ。
それが何を意味するのか位、百も承知であろう。
しかし彼は護りたかった。朔耶をこれ以上傷付けたくは無かった。

「十六夜……」
『朔耶、どうするよ? 奴等、マジだろうし。
 俺を捨てた振りして油断させる戦法が通じるかどうか』
「……」

【妖刀】とその使い手の【意識共有】は
彼等も周知している事だろう。
そうなると騙し討ちは通用しないと【村雨】は助言したのだ。
【村雨】を手放せば自分は斬られるだろう。
十六夜を素直に手放すとは思えない。
だが…【村雨】を手放さなければ十六夜は確実に斬られる。

「……」

【村雨】を構えたまま、朔耶は一歩も動けずに
白装束の男達を睨みつけていた。
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