念 願

14. 虎徹(第弐幕)

「くっ…ケホッ……」

時折苦しそうに十六夜が呻いている。
首を腕で抑えられている為
満足に呼吸する事が叶わないのだろう。
左足首の捻挫による発熱も有る。
豪雨に打たれ、川に流されて
相当体力も消耗した筈だ。

「……」
『おい、朔耶』

朔耶は無言で【村雨】を地面に置いた。
そのまま両手を後ろに組む。
無抵抗である事を意思表示したのだ。

「だ…めだ…っ」

十六夜が解放される様子はない。
それでも朔耶には出来なかった。
もう二度と彼を喪うまいと
心に決めていたからこそ。

* * * * * *

『ん?』

地面に置かれていたままの【村雨】は
突如何かの気配を感じた。
そして微かに聞こえてくる金属音。

『奴が、来たのか?』
「?」
『声は出すな、朔耶。
 奴だ。
 あの黄金の鎧を纏った男が
 こっちに向かって来ている』

ゆっくりと少しずつ、その音は大きくなる。
朔耶の耳にもハッキリと届く迄に。

『それにしても、この…
 微かに漏れ出でる【虎徹】の気配。
 彼奴が【虎徹】そのものでは無いのは
 俺が一番解ってるんだがな』
『【虎徹】そのものでは…無い?』
『あぁ。俺達は依然人間だったからな。
 意識体はその頃の姿を維持してる訳だが』
『お前の記憶する【虎徹】ではない…?』
『そう云う事』
『……』

朔耶も確かに腑に落ちなかった。
腕前から相当の猛者だと伺えるが
黄金の鎧を纏う
あの武者の正体は判らないまま。

『来たぞ』
「!」

やがて、武者はその姿を現した。
彼の姿を見た白装束の二人組は
憎々しげに武者を睨み付ける。
だが武者は無言のまま
只 十六夜だけを見つめている様だった。
兜の陰で表情を伺う事は出来なかったが
朔耶は何故か垣間見れる横顔に
不思議な感触を覚えた。

「刀を捨てろ」

お決まりの様に台詞を吐く白装束の男。
しかし武者は【虎徹】を捨てる様な素振りは見せない。
それどころか【虎徹】を構え、
切っ先を真っ直ぐに男へ向けた。
武者はあくまでも闘う姿勢を見せたのだ。

「おい!」

これには朔耶も流石に口を挟む。
迂闊な行動を興せば十六夜の生命は無い。
そんな事は状況を判断すれば容易く判る筈だ。

「莫迦な真似は止めろ!
 奴等の言う通りにしないと十六夜がっ」
「念願を果たすのみ」
「えっ?!」

武者の言った【念願】の意味が理解出来ず
朔耶は次の言葉を発する事が出来ない。
泳ぐ視線で十六夜を見つめると
何故か彼は静かに微笑んでいた。
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