時折苦しそうに十六夜が呻いている。
首を腕で抑えられている為
満足に呼吸する事が叶わないのだろう。
左足首の捻挫による発熱も有る。
豪雨に打たれ、川に流されて
相当体力も消耗した筈だ。
「……」
『おい、朔耶』
朔耶は無言で【村雨】を地面に置いた。
そのまま両手を後ろに組む。
無抵抗である事を意思表示したのだ。
「だ…めだ…っ」
十六夜が解放される様子はない。
それでも朔耶には出来なかった。
もう二度と彼を喪うまいと
心に決めていたからこそ。
『ん?』
地面に置かれていたままの【村雨】は
突如何かの気配を感じた。
そして微かに聞こえてくる金属音。
『奴が、来たのか?』
「?」
『声は出すな、朔耶。
奴だ。
あの黄金の鎧を纏った男が
こっちに向かって来ている』
ゆっくりと少しずつ、その音は大きくなる。
朔耶の耳にもハッキリと届く迄に。
『それにしても、この…
微かに漏れ出でる【虎徹】の気配。
彼奴が【虎徹】そのものでは無いのは
俺が一番解ってるんだがな』
『【虎徹】そのものでは…無い?』
『あぁ。俺達は依然人間だったからな。
意識体はその頃の姿を維持してる訳だが』
『お前の記憶する【虎徹】ではない…?』
『そう云う事』
『……』
朔耶も確かに腑に落ちなかった。
腕前から相当の猛者だと伺えるが
黄金の鎧を纏う
あの武者の正体は判らないまま。
『来たぞ』
「!」
やがて、武者はその姿を現した。
彼の姿を見た白装束の二人組は
憎々しげに武者を睨み付ける。
だが武者は無言のまま
只 十六夜だけを見つめている様だった。
兜の陰で表情を伺う事は出来なかったが
朔耶は何故か垣間見れる横顔に
不思議な感触を覚えた。
「刀を捨てろ」
お決まりの様に台詞を吐く白装束の男。
しかし武者は【虎徹】を捨てる様な素振りは見せない。
それどころか【虎徹】を構え、
切っ先を真っ直ぐに男へ向けた。
武者はあくまでも闘う姿勢を見せたのだ。
「おい!」
これには朔耶も流石に口を挟む。
迂闊な行動を興せば十六夜の生命は無い。
そんな事は状況を判断すれば容易く判る筈だ。
「莫迦な真似は止めろ!
奴等の言う通りにしないと十六夜がっ」
「念願を果たすのみ」
「えっ?!」
武者の言った【念願】の意味が理解出来ず
朔耶は次の言葉を発する事が出来ない。
泳ぐ視線で十六夜を見つめると
何故か彼は静かに微笑んでいた。