肯定の先

14. 虎徹(第弐幕)

「それで、良いんです」

確かに十六夜の唇はそう動いていた。
武者の行動に対する十六夜の答え。
我が身を犠牲してでも彼を、朔耶を護りたい。
嘗て迎えた【悲劇】が朔耶の脳裏に蘇る。

「止めろっ!!」

朔耶は地面に置いた【村雨】を手元に呼び寄せ、
武者を止める為に駆け出した。
しかし武者の仮面の下に隠れた【瞳】を見た瞬間
金縛りの様に体の動きが抑えられる。

「な…何っ?!」
『どうした朔耶?!』
「体が…動かねぇ……」
『まさか呪縛か?
 術が発動した気配は無かったのに…』

武者は視線を朔耶から十六夜に移す。
そして。

「我が君…」

確かに武者は十六夜に対してそう声を掛けた。
とても穏やかな、そして情愛に満ちた深い声で。

「我が君…? どう云う事だ?」
『……』

サッパリ理解が出来ない様子の朔耶とは正反対に
【村雨】は悟ったかの如く溜息を吐いた。

「【村雨】…?」
『朔耶、気を確りと持て。
 大切なのは寧ろこの後だ』
「待て! そりゃどう云う意味…っ?!」

朔耶の疑問を無視するかの様に
【村雨】はそのまま口を閉ざす。

武者は軽く大地を蹴ると
迷わずに十六夜の傍らに立つ男を一刀両断した。
そしてもう一人が反撃に出る前に
武者は十六夜ごと【虎徹】で男を貫いたのだ。

「?!!」

【虎徹】に斬られ、貫かれた白装束の男達は
恨み節を口にする余裕すら無く
黒い霧の様な形状になって消えていった。

全てが一瞬の出来事。
朔耶にとっては何が起こったのか
理解し難い出来事の連続だった。

* * * * * *

「どうした? 【村正】」

九重を見張る鳴神は
隣に立つ【村正】の表情の変化を感じ取った。

『【月】が目覚める』
「月? それじゃ、やはり奴が…」
『何れ判る。それよりも問題は【太陽】』
「太陽?」
『今の六条親王を滅ぼすには【太陽】と【月】
 二つの鏡が揃わなければ難しい』
「今度こそ正式な【陰陽鏡】に御対面ってか。
 しかし5本の【妖刀】と2枚の【陰陽鏡】が揃っても
 まだ六条を倒せないって意味なのかよ」
『まだ手数が足らん。それに』
「ん?」
『真なる目的は六条親王を滅するに非ず』
「どう云う事だ?」
『真相を知るは九条尊 唯御一人』
「また十六夜頼みか…」

遣り切れない思いで鳴神は思わず悪態を吐く。
苛立ちから咥えた煙草を噛み切りかねない。

『……』
「何だよ、【村正】?」
『私としては
 お前がこの戦いに加わるのが
 少々【意外】に思えたのだがな』
「俺が戦っちゃ駄目って訳?」
『駄目ではない。
 だが或る意味、お前は…』
「んな事知るか」
『……』
「俺は単に六条の奴が気に入らねぇだけだ。
 師匠もそうだが、結構俺達は
 【血縁】なんざ意識してねぇよ。
 暴れられりゃそれで良いんだ」
『成程。【お前】らしい』

【村正】は初めて笑顔を見せた。
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