甦る記憶

14. 虎徹(第弐幕)

武者に抱きかかえられ、苦しい息遣いで
それでも十六夜はこの男に対して微笑んでいる。
こうなる事を予期していたのだろうか。
それとも…これこそが
十六夜の望みだったのだろうか。

「…泣か、ないで」

そう口にしながら、十六夜は武者の頬に触れる。
紅い涙。
遠目からでも朔耶にも見えた。

やがて武者はゆっくりと跪くと
十六夜の体を朔耶へ託し、自身は兜を脱いだ。

「お前は…っ?!」

其処に現れたのは朔耶と全く同じ顔。
鏡でも見ているかの様な感触。
先程感じていた不思議な感触の理由は
これだったのだと悟る。

「十六夜?!」
「朔耶…。彼、は…何も悪く、な…」
「もう何も言わなくて良い。
 お前の想いは解ってるから……」
『朔耶…』

武者は何も言わず、
十六夜の胸に貫通している
血に塗れた【虎徹】の柄を朔耶に握らせた。

「?」

直後に脳内へ流れ込んでくる膨大な映像。
その一つ一つに見覚えがある。
様々な物が少しずつ時間を遡って流れていく。

「何だ…これは…?」
『強いて言うなら、これは【記憶】だな』
「記憶? 一体誰の…?」
『【虎徹】に封印された記憶。
 そんな事出来るのは、この世で一人しかいない』
「じゃあ…この記憶は平 朔耶のもの。
 お前は、平 朔耶なんだな?」

武者は首を横に振った。
そしてゆっくりと告げる。

「私は…【お前】だ」
「それってどう云う意味だよ?
 もっと解る様に説明しろよ!」
『充分に解る説明だと思うがな』
「んだと?!」
『奴はお前。つまりだ。
 お前こそが十六夜の睨んでいた通り
 平 朔耶の転生だったって訳さ』
「?!」
『何らかの事情で
 記憶の大部分が【虎徹】に取り込まれ
 お前の魂は蓮杖 朔耶としてこの世に生まれ出た。
 詳しい説明は【虎徹】からでも聞けるだろうさ』

朔耶はまだ納得がいかない様だったが
十六夜をこのままには出来ず、
ゆっくりと【虎徹】を引き抜いてやろうとした。
しかし。

「【虎徹】が…消えてる?」
『そりゃ己を縛るものが無きゃ
 彼奴だって自由に実体化出来るだろうさ。
 なぁ?』

【村雨】が声を掛けると人影が現れた。
ゆっくりと実体化していくその姿は
先程の武者とはまるで違う容姿。

『お初に御目にかかります。
 千年後に蘇りし我が主よ』
「お前が…【虎徹】、なのか?」
『如何にも。我が名は【虎徹】。
 嘗て玄武帝より幼き貴方に賜れた一太刀』
「……」
『私が【妖刀】として目覚めたのは
 奇しくも貴方を喪ってからの事でしたが』

【虎徹】はそっと十六夜の胸に手を当てる。

『御安心召されよ。
 私にこの方の生命は奪えませぬゆえ』

そうハッキリと朔耶に告げ、
【虎徹】は【村雨】の方に視線を向けた。
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