14. 虎徹(第弐幕)

「もう私は東宮では無い。
 その呼び名は相応しくないと…
 この場所でお主に告げただろう?」
「十六夜……」
「ただいま、朔耶」
「…お帰り、十六夜」

溢れる涙を見られたくないと
朔耶はそのまま力強く十六夜を抱き締めた。
今の台詞、これは本人でなければ返せない。
間違い無く彼は朔耶の想い人、
九条尊であった十六夜その人だと確信した。

『十六夜? 本当ニ、十六夜??』

リョウマは溢れる感情を隠す事無く
十六夜に飛びつき、人の様にオイオイと泣いた。
飛びつく事こそしないがハヤトも泣いている。

「ただいま。リョウマ、ハヤト」
『見エル? 俺達、見エルノ?』
「あぁ。見える。聞こえる」
『良かった…。本当に、良かった…』

再会を喜びながらも
朔耶も十六夜も何処か不安そうな表情を浮かべている。
朔耶は自分から不安を十六夜にぶつけた。

「あの、さ。さっき迄の事って…」
「ん?」
「ほら、蓮杖神社のヤスさんの首塚の前で…」

朔耶の言いたい事が理解出来たらしい。
十六夜は静かに一度頷き、言葉を続けた。

「覚えてるよ」

声色こそ変わらないが、口調はあの十六夜の物だった。

「【僕】を助けてくれた事。護ってくれた事。
 忘れたりしない。だって…」

十六夜は優しい笑みを浮かべている。

「【僕】は【私】だから」
「十六夜…」
「同じだった。今の朔耶と…」
「…そうだな」

今度は十六夜が問い掛ける番、の筈だったが
彼は表情を曇らせている。

「どうしたんだ? 十六夜」
「【虎徹】から聞いたのか?
 過去の事、【陰陽鏡】の事」
「あぁ。概要程度だけどな。
 それと【陰の陰陽鏡】の復活の話」
「【陰陽鏡】は二枚で一対。
 【月】が目覚めれば【太陽】も出現する」
「じゃあ、【陽の陰陽鏡】も?」
「……」

十六夜は黙って、自分の胸部分の衣装の裂け目から
復活した【陰陽鏡】を朔耶に見せた。
以前とは様相が違う。
金色よりも銀色の部分が多くを占めている。
これが本来の【陰の陰陽鏡】の姿なのだろう。

「私が継承するは【陰の陰陽鏡】のみ」
「じゃあ、【陽の陰陽鏡】は何処に…?」
「……」
「十六夜?」
「もう、当に目覚めている。
 そして…継承も行われている」
「えっ?」
「継承者の意志を無視して、な」

十六夜の表情が曇った理由は其処に在ったのだろう。
そして問題の継承者とは一体誰なのか。
その答えも十六夜の表情の中に有った。

「何だ? 俺の右胸の辺りが…」

慌ててシャツのボタンを外し、肌を露わにする。
その右胸に存在する物は。

「これが、【陽の陰陽鏡】…なのか?」

十六夜の持つ【陰の陰陽鏡】と正反対の配色。
より金色が多くを占めた独特の姿。
正しく其処には【陽の陰陽鏡】が収まっていた。
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