蓮杖神社へと帰って来た。
朔耶は付きっきりで様子を見ている。
長い長い沈黙の時間。
不意に部屋の扉が開く。
其処には夜食を差し入れに来た母、弓の姿が在った。
「どう?」
「眠ったまんま。
表情は穏やかだし、心配はしてないけど」
「…」
「お袋?」
「霊力が回復し切れていないんだろうね」
「霊力が? 今迄そんな事無かったと思うんだけどさ」
「幾ら不完全な状態とは云え、
彼は光と闇を揃えた【陰陽鏡】を持っていた訳だからね。
それが今や片方だけ、
然も【陰の陰陽鏡】だけになってしまったんだから」
「不都合でもあるのか?」
「【陽】の力は『生み出す』力。しかし【陰】は違う」
「『奪う』力…って事か?」
「そう考えても間違いじゃないよ」
「つまり…?」
「自己再生や自己回復は望めないって事」
「自分で自分の体を治せない?」
「まぁ…全くその力を失った訳じゃ無いけどさ。
普通の人間が備える自己回復程度は出来るだろう。
でも今迄とは違って極端なスピード低下は否めない。
霊力だけじゃない。気力も肉体の回復力も」
「じゃあ如何すりゃ良いんだよ?」
少し苛立ちながらも朔耶が呟く。
弓はそんな息子に苦笑を浮かべて答えた。
「よく考えな、朔。
何の為にお前が【陽の陰陽鏡】を継承したのか。
十六夜君の為に何が出来るのか」
「十六夜の為に…か」
朔耶の視線がそのまま眠っている十六夜に注がれる。
「お袋は…十六夜の事、昔から知ってたんだってな」
「乾月ちゃんから聞いたのかい?」
「あぁ」
「ほんの子供の頃に、唯 一度だけさ」
「約束してたんだって?」
「まぁね」
「…大したもんだよ、お袋は。
あの六条に狙われてたってのに億尾にも出さなかった」
「奴が狙ってたのはアタシじゃなく巻物だけさ」
涼しい表情を浮かべて笑う弓だが
朔耶はそれが彼女特有の【強がり】である事を理解出来ていた。
恐ろしくない訳が無いのだ。
それは…実際に六条親王と対峙したからこそ解る事。
「朔」
「ん?」
「十六夜君を、頼んだよ」
そう言うと、弓は静かに部屋を後にした。
同じ頃。
乾月宅では鳴神が一人、縁側で座禅を組んでいた。
その傍には【村正】。乾月の姿は無い。
自分の中で謎とされた部分はほぼ解消していた。
残るは一点。
十六夜が目覚めた時、それもハッキリと判明するだろう。
「そして、その時は近い」
鳴神が思わず漏らした独り言に
【村正】は微かに眉を動かしただけだった。