失いし力

15. 四神結界(第弐幕)

治療を終え、十六夜は眠ったまま
蓮杖神社へと帰って来た。
朔耶は付きっきりで様子を見ている。
長い長い沈黙の時間。
不意に部屋の扉が開く。
其処には夜食を差し入れに来た母、弓の姿が在った。

「どう?」
「眠ったまんま。
 表情は穏やかだし、心配はしてないけど」
「…」
「お袋?」
「霊力が回復し切れていないんだろうね」
「霊力が? 今迄そんな事無かったと思うんだけどさ」
「幾ら不完全な状態とは云え、
 彼は光と闇を揃えた【陰陽鏡】を持っていた訳だからね。
 それが今や片方だけ、
 然も【陰の陰陽鏡】だけになってしまったんだから」
「不都合でもあるのか?」

「【陽】の力は『生み出す』力。しかし【陰】は違う」
「『奪う』力…って事か?」
「そう考えても間違いじゃないよ」
「つまり…?」
「自己再生や自己回復は望めないって事」
「自分で自分の体を治せない?」
「まぁ…全くその力を失った訳じゃ無いけどさ。
 普通の人間が備える自己回復程度は出来るだろう。
 でも今迄とは違って極端なスピード低下は否めない。
 霊力だけじゃない。気力も肉体の回復力も」
「じゃあ如何すりゃ良いんだよ?」

少し苛立ちながらも朔耶が呟く。
弓はそんな息子に苦笑を浮かべて答えた。

「よく考えな、朔。
 何の為にお前が【陽の陰陽鏡】を継承したのか。
 十六夜君の為に何が出来るのか」
「十六夜の為に…か」

朔耶の視線がそのまま眠っている十六夜に注がれる。

「お袋は…十六夜の事、昔から知ってたんだってな」
「乾月ちゃんから聞いたのかい?」
「あぁ」
「ほんの子供の頃に、唯 一度だけさ」
「約束してたんだって?」
「まぁね」
「…大したもんだよ、お袋は。
 あの六条に狙われてたってのに億尾にも出さなかった」
「奴が狙ってたのはアタシじゃなく巻物だけさ」

涼しい表情を浮かべて笑う弓だが
朔耶はそれが彼女特有の【強がり】である事を理解出来ていた。
恐ろしくない訳が無いのだ。
それは…実際に六条親王と対峙したからこそ解る事。

「朔」
「ん?」
「十六夜君を、頼んだよ」

そう言うと、弓は静かに部屋を後にした。

* * * * * *

同じ頃。

乾月宅では鳴神が一人、縁側で座禅を組んでいた。
その傍には【村正】。乾月の姿は無い。
自分の中で謎とされた部分はほぼ解消していた。
残るは一点。
十六夜が目覚めた時、それもハッキリと判明するだろう。

「そして、その時は近い」

鳴神が思わず漏らした独り言に
【村正】は微かに眉を動かしただけだった。
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