なぁ~に、お前なら自力で出来るって』
以前【村雨】から投げられたこの言葉。
朔耶は自分が未だにこの言葉に対して
返答していない事に気付く。
「あの時、俺は…
『月の目覚め』を【陰の陰陽鏡】の出現と言った。
だが【村雨】はそれじゃ不完全だと答えた。
直後、俺は自分が【陽の陰陽鏡】を継承した事を知った。
しかし…それでもまだ【正解】とは言えないらしい…」
再び沈黙の時間が流れる。
包帯が巻かれた薄い胸板が
呼吸と共に上下に動く様を見つめながら
朔耶はずっと『自分にしか出来ない事』を考えていた。
「俺にしか出来ない事。俺だけが出来る事。
十六夜が望む、一番の事…か」
『主ニシカ出来ナイ事?』
「そう。解るか、リョウマ?」
『温メル事トカ?』
「温める? …成程なぁ」
ふとそう呟くと
朔耶は目じりを下げて微笑んだ。
そして、静かに眠りに就く十六夜の表情を見つめながら
朔耶は不意に湧き起こる自分の感情に違和感を覚えた。
「幾ら何でも、それは…なぁ…」
自分でも戸惑ってしまう【劣情】。
無防備な相手に襲い掛かりたくなる飢餓感。
何とか抑え込もうとしても、抗う本能。
「キス位なら大丈夫、かな?
それ以上となると流石に拙いかも知れんし」
言い訳がましい事を述べながら
朔耶は十六夜の唇にそっと自分のそれを重ね合わせた。
それは【共鳴】に近かった。
【村正】は視線を月に向け、何かを呟いた。
人の言葉ではない。
音を発してはいるが、その意味を理解する事が出来ない。
【兼元】が、【陽炎丸】が、そして【村雨】、【虎徹】が
其々に【村正】の叫びに呼応する。
「地獄の門でも開きそうだな」
【村正】の様子を眺めていた鳴神が
皮肉っぽく笑みを浮かべた。
『その言葉。或る意味【正解】で、或る意味【不正解】だな』
「謎々かよ」
『事実そのままを述べたまで』
「地獄が正解で、或る意味不正解…ねぇ~」
『地獄と括るから解釈の範囲が狭くなる』
「成程。じゃあ異世界…とでも言っておくか」
『この世界の住人からすれば、
神も【魔】も異世界の者だろう』
「…【村正】?」
鳴神は今の一言で何かを感じ取った様だった。
鋭い視線を真っ直ぐに【村正】へと注ぐ。
【村正】も又、動じる事無く鳴神を見つめる。
緊張の時間が暫し流れた後、鳴神はフッと鼻で笑った。
「お膳立ては揃ったって事だな。
これで漸く、六条の奴を倒す手筈が整った」
『……』
「いや、正確には…六条を【操る者】を倒す手筈、か。
十六夜が千年掛けて追っていた奴の
正体が漸く明かされる訳だ」
『相手は只者ではない。心して掛からねば』
「解ってるよ」
【村正】の警告に対し、鳴神は静かに頷いた。
唇から洩れる熱い吐息に、脈拍が妙な反応をしている様だ。
全身が燃える様に熱くなっていく。
今迄こんな風になった事はあっただろうか?
強く求められていると感じ、強く与えたいと切望する。
満たしてやりたい。己の全てを捧げても。