劣 情

15. 四神結界(第弐幕)

『まぁ頑張って【正解】を見付けるこった。
 なぁ~に、お前なら自力で出来るって』

以前【村雨】から投げられたこの言葉。
朔耶は自分が未だにこの言葉に対して
返答していない事に気付く。

「あの時、俺は…
 『月の目覚め』を【陰の陰陽鏡】の出現と言った。
 だが【村雨】はそれじゃ不完全だと答えた。
 直後、俺は自分が【陽の陰陽鏡】を継承した事を知った。
 しかし…それでもまだ【正解】とは言えないらしい…」

再び沈黙の時間が流れる。
包帯が巻かれた薄い胸板が
呼吸と共に上下に動く様を見つめながら
朔耶はずっと『自分にしか出来ない事』を考えていた。

「俺にしか出来ない事。俺だけが出来る事。
 十六夜が望む、一番の事…か」
『主ニシカ出来ナイ事?』
「そう。解るか、リョウマ?」
『温メル事トカ?』
「温める? …成程なぁ」

ふとそう呟くと
朔耶は目じりを下げて微笑んだ。
そして、静かに眠りに就く十六夜の表情を見つめながら
朔耶は不意に湧き起こる自分の感情に違和感を覚えた。

「幾ら何でも、それは…なぁ…」

自分でも戸惑ってしまう【劣情】。
無防備な相手に襲い掛かりたくなる飢餓感。
何とか抑え込もうとしても、抗う本能。

「キス位なら大丈夫、かな?
 それ以上となると流石に拙いかも知れんし」

言い訳がましい事を述べながら
朔耶は十六夜の唇にそっと自分のそれを重ね合わせた。

* * * * * *

それは【共鳴】に近かった。

【村正】は視線を月に向け、何かを呟いた。
人の言葉ではない。
音を発してはいるが、その意味を理解する事が出来ない。

【兼元】が、【陽炎丸】が、そして【村雨】、【虎徹】が
其々に【村正】の叫びに呼応する。

「地獄の門でも開きそうだな」

【村正】の様子を眺めていた鳴神が
皮肉っぽく笑みを浮かべた。

『その言葉。或る意味【正解】で、或る意味【不正解】だな』
「謎々かよ」
『事実そのままを述べたまで』
「地獄が正解で、或る意味不正解…ねぇ~」
『地獄と括るから解釈の範囲が狭くなる』
「成程。じゃあ異世界…とでも言っておくか」
『この世界の住人からすれば、
 神も【魔】も異世界の者だろう』
「…【村正】?」

鳴神は今の一言で何かを感じ取った様だった。
鋭い視線を真っ直ぐに【村正】へと注ぐ。
【村正】も又、動じる事無く鳴神を見つめる。
緊張の時間が暫し流れた後、鳴神はフッと鼻で笑った。

「お膳立ては揃ったって事だな。
 これで漸く、六条の奴を倒す手筈が整った」
『……』
「いや、正確には…六条を【操る者】を倒す手筈、か。
 十六夜が千年掛けて追っていた奴の
 正体が漸く明かされる訳だ」
『相手は只者ではない。心して掛からねば』
「解ってるよ」

【村正】の警告に対し、鳴神は静かに頷いた。

* * * * * *

唇から洩れる熱い吐息に、脈拍が妙な反応をしている様だ。
全身が燃える様に熱くなっていく。
今迄こんな風になった事はあっただろうか?
強く求められていると感じ、強く与えたいと切望する。
満たしてやりたい。己の全てを捧げても。
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