遺 言

15. 四神結界(第弐幕)

「十六夜」

不意に乾月が十六夜に声を掛ける。

「何じゃ? 乾月」
「お前にどうしても見せたい物がある」
「?」
「弓ちゃん」

それまで一言も発しなかった弓だったが
ニコッと微笑みながら一本の巻物を差し出した。

「お前が目にするべき物だ」
「これは…」
「見覚えの無い巻物だろう?」
「あぁ…。しかし、どうしてこの様な物が…?」
「お前が生まれる前に平家へと委ねられた。
 だからこの巻物の存在は知らなかった筈だ」

十六夜はそっと巻物を開いた。
真っ白な世界に走る一本の力強い墨。
それはメッセージ。
祖父 礼唯が遺した言葉。

「結界に護られるは都、生み出すは神子」

声を発する事も出来ない十六夜の代わりに
朔耶がその言葉を音にする。

「これが礼唯の思い。
 彼は都を愛し、そして孫を愛していた。
 だからこそ…自分の全てを継承させたんだ。
 苦しめる為じゃない。護る為に」
「不器用な男だったんだよ、礼唯って人は…」
「うっ……」

【神の子】と称された礼唯の愛孫。
それが十六夜を指し示しているのは
誰の目にも明らかだった。

十六夜は泣いていた。
声を抑え、嗚咽していた。
湧き上がる感情を抑える事は、もう出来なかった。

* * * * * *

互いの持ち寄る情報は粗方出し終わったと判断し
朔耶はこの会合の閉会を提案する。
少なくとも十六夜、繊、神楽にとっては
多少とも心の休息が必要だろうと思われた。

「俺は構わないぜ」
「俺も。もう一度情報を整理しないと混乱するッス」
「私も賛成だ」
「異存は無いね。朔の案に従うよ」
「それじゃ、今日は此処で一度終ろう」

朔耶はそう言って、十六夜を伴って立ち上がろうとした。
その時。

『十六夜の霊力が回復したって事、
 ちゃんと伝えとかねぇと駄目だろ』

そう言って【村雨】はニヤリと笑った。

「霊力が回復した? 本当か、朔耶?」
「まぁ…取り敢えずは。
 ただ…今迄通りの術の行使は
 難しいかも知れませんが」
「確かに十六夜の術はかなりの霊力を消耗するからな。
 此処一番で行使してもらう他あるまい。
 それ以外に関しては我々で対応するのが一番だ」
「で、どうやって治したんだ?」

鳴神の素朴な疑問に朔耶は言葉を濁した。
どうも説明したくないらしい。

「兄ぃ?」
『その辺は知恵を張り巡らしてみりゃ良いだろうが。
 太陽の光を浴びて月は輝きを増し、
 闇夜を照らすんだぜ?』
「! はぁ~ん」

【村雨】のナイスアシストで事情を理解した鳴神は
冷やかす様に声を上げ、朔耶に笑みを向けた。
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