愛の言葉

15. 四神結界(第弐幕)

「落ち着いたか?」

自室でそっと声を掛けると
十六夜はこくりと小さく頷いた。

「短時間で落ち着けってのが無理な事位
 百も承知ではあるんだがな」
「気にせずとも良いぞ」
「ん…」

何か伝えたい事でもあるのだろうか。
朔耶はどうも先程から落ち着きが無い。

「如何致した? 朔耶」
「…もう一度、確認しておきたい」
「?」
「本気、なんだな」

朔耶の言う【本気】の意味を理解したのか
十六夜は表情を引き締め、力強く頷いた。

「取り戻したい。その意は変わらぬ」
「全てを、失っても…か?」
「失いはしない。今度こそ」
「……」
「朔耶?」
「なら、大丈夫だ」

先程とはまるで違う温和な微笑を浮かべ
朔耶は優しく十六夜の頭を撫でてやる。

「お前が少しでも迷ったら向こうの思う壺だ。
 今でこそ俺も自覚したが
 敵は人間じゃない。人を超えた存在。
 或る意味、俺達は神に抗うんだ」
「そうじゃな」
「怖くは無いか?」
「恐怖心?」
「そう」
「不思議と、何も感じない」
「奇遇だな。俺もだ」
「負ける気がしない」
「あぁ。負ける訳が無い」

顔を見合わせ、思わず吹き出す。
街の存亡を賭けた戦いが控えていると云うのに
この心の余裕は何処から来るのだろうか。

「なぁ、何時から気付いてた?
 俺が転生体だって」
「そう在って欲しいと云う願望なら…
 初めて会うた時、じゃな」
「じゃあ…ずっと願ってたんだ。
 俺が【俺】で在る事を」
「あぁ…。否定される事だけが怖かった」
「そりゃ、そうだよな。
 それだけの長い歳月が流れてたんだ」
「でも……」
「ん?」
「私は…」

十六夜がそっと朔耶の耳元に何かを囁く。
甘く、優しい言の葉。

「ずっと…蓮杖 朔耶を、愛している」

ハッキリと告げられた想い。
こんな明確な愛の告白も珍しい。

あの日、黒服に襲われていた十六夜を救い出した時。
あの瞬間から始まっていた。
朔耶が十六夜を想い、十六夜が朔耶を想う日々。
互いに擦れ違いと勘違いしたまま
一度は途切れてしまった想いの道。

「漸く聞けた。十六夜の心の声」

朔耶は照れ臭そうにそう言って笑った。
知りたかった。だが、何処かで恐れていた。
そんな彼の気持ちを知ってか知らずか
十六夜はストレートに答えを返してくれた。
朔耶が持ち望んでいた答えを。

「神子」
「だから、私はもう…」
「東宮としての【御子】じゃない。
 お前はずっと、俺にとっての【神子】だ」
「朔耶…?」
「お前の親父さんから頼まれてるからな。
 ずっと守ってやるよ、お前だけを」

それ迄 静かに言葉を聞いていた十六夜だったが
何を思ったのか、鼻でフッと笑うと
鋭い視線を朔耶へと向けた。

「私を甘く見るでないぞ、朔耶。
 術師としての腕ならば
 お主を遥かに超えておるのだからな」
「うわ…。可愛くねぇなぁ~。
 守り甲斐の無い台詞吐きやがって」

朔耶は大きく溜息を吐きながら
今度は十六夜の頭を
乱暴にガシガシと掻き乱した。
Home Index ←Back Next→