約束の輪

15. 四神結界(第弐幕)

その日の深夜。

「あれ? お袋、まだ寝てねぇの?」

飲み物を取りに来た朔耶が声を掛ける。
弓は細長い布に何かを書き込んでいる様だった。

「あぁ、これが終わったら寝るよ」
「それ、何だ?」
「こうして包帯状にした布に写経すると
 ちょっとした防具の出来上がりって訳」
「もしかしてそれって…」
「アンタのじゃないよ」
「解ってるって…。寿星だろ?」
「御名答」

漸く完成したのか、弓は満足げに作品へ目を通した。

「何年振りかの作品だけど、なかなかの出来だね。
 うん、我ながら良く出来た」
「これってさぁ…比礼(ひれ)?」
「見立てた…ってのが正解かな。
 流石のアタシも比礼その物は生み出せないさ」
「そりゃまぁ…そうだな」
「だからこそ、礼唯の才能には脱帽だよ。
 人でありながら神具を生み出した」
「その代わり、失ったものも大きかった筈だぜ」

朔耶の視線は二階へと向けられている。

「礼唯の為にも…十六夜は死なせない」
「勿論さ」
「そして…俺もな」
「当たり前だよ」
「誰も死なせない」
「当然さ」

朔耶の言葉に対する、弓の力強い言霊。
不安な気持ちに押し潰されない様に
勇気を何度も重ね合わせていく。

「アタシの助力も此処迄の様だね。
 後はアンタ達に託す」
「お袋…」
「決めてきな。アンタ達の未来を」

弓は笑顔で朔耶の背中をバンと叩いた。
其処に存在する龍に力を注ぐかの様に。

* * * * * *

八乙女家の母屋では
神楽の母が二着の古めかしい衣装を出してきていた。

「これは…?」
「此方は詠巫女、そして此方が戦巫女の衣装。
 神々の為に舞い踊るのです。
 滅多な格好では舞えませぬよ」
「そうですね」
「繊さん」
「はい」
「先ずは今迄長きに渡り
 貴女を謀っていた事をお詫びせねばなりません」
「いえ、それは…事情は解りましたから」
「それと、神楽さんの事です」
「神楽の?」

神楽の母は視線を娘である神楽に向けた。

「神楽さんは繊さんの事を忘れられず、
 掟に逆らってまでも会いに行ってしまった。
 繊さんの御両親の事も、それが原因。
 一度は祭巫女の責から逃げ出した貴女に
 この務めが本当に果たせますか?」
「お母様……」
「無理ならばお止めなさい。
 時代が回れば新たな詠巫女が誕生します。
 封印の儀はそれからでも…」
「私、決めましたの。
 繊と…いえ、千里となら
 どんな苦境でも乗り越えられると」
「神楽……」
「己の犯した罪を認めるのが怖かった。
 祭巫女の存在を否定する事で、責から逃げる事で
 自分の犯した罪を忘れられると思った…。
 でも、そうじゃない。そうじゃないんです。
 私は護りたい。今度こそ、千里を…」

神楽の母は納得した様で優しく微笑むと
懐から二つの腕輪を取り出した。

「これを貴女方に。今ならば、お渡し出来ますね」
「これは…?」
「初代の祭巫女が作り上げた【約束の輪】です。
 きっと貴女方を守ってくれるでしょう」

繊と神楽は互いに顔を見合わせて頷くと
促される様にその腕輪を左手首に装着した。
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