16. 出現(第弐幕)

「【虎徹】」

自身の手に収まる妖刀に声を掛ける十六夜。
その眼に宿る想いに
【虎徹】は淡く輝いて答える。

「朔耶よ」
「ん? 何だ、十六夜?」
「お主に【虎徹】を託す」
「?!」

丸腰で百鬼夜行と立ち向かうと云うのだろうか。
朔耶は彼の意図が読めずに
困惑の表情を浮かべる。

「私は剣を奮って戦う訳ではないのでな。
 元々【虎徹】はお主と契約を交わした存在。
 【村雨】同様、お主の力と成ろう」
「しかしだな…」
「私には【これ】がある」

懐から取り出したのは
あの水晶の数珠であった。

「四神・白虎の召喚と百鬼夜行の封印には
 この数珠が必要不可欠。
 これの力も解放してやらんとな」

十六夜はそう呟き、フッと笑みを浮かべた。
きっと思い出したのだろう。
彼と、彼の祖父 礼惟のりただとの間に交わされた
数多くの言の葉の遣り取りを。

「……」

再度手渡された【虎徹】を
朔耶は静かに見つめる。
嘗てこの刀を手にした時は
もっと抵抗を感じていた。
重くて、扱い難い存在に
十六夜との距離の遠さを痛感した。

『今は…違う』

しっとりと手に馴染むこの感触。
確かにこの柄を握り、刀を振るった。
全身の細胞が、嘗ての戦いを
記憶しているかの様に。

『再確認だ。
 俺は何の為に戦う?
 六条を倒す為か? 嘗ての復讐か?
 …違う。そんな程度の戦いじゃない。
 都を、この街を守る為。
 それは当然だ。だが、それだけじゃない。
 俺は……』

朔耶は黙って十六夜を見た。
十六夜も又、黙って朔耶を見つめ返す。
無言でも通じ合う互いの心。
思いは一つ。

『取り戻すんだ、今度こそ』

この決意はもう揺るがない。
何者が攻めてこようとも
最早屈する事は無い。

「さぁ、行こうか!」

その掛け声は明るかった。
戦場に向かうとは思えない程に。
仲間達も笑顔で応える。
負ける筈が無い。
そう言い切れる程の自信が
今の朔耶には満ち溢れていた。

* * * * * *

蓮杖神社れんじょうじんじゃは結界に守られているのだろう。
鳥居から一歩外に出ただけで
負の気の圧力に飲み込まれそうになった。

「この気って、やっぱ…」
「えぇ、寿星さん。
 百鬼夜行から発される気ですわ」
「こんなの喰らったら、確かに…」
「普通の人間じゃ飲み込まれちまうね。
 だからこそ昔の人々は
 この化け物を封じ込めようとした」

寿星は思わず息を飲んだ。
そんな彼の緊張を感じ取ったのか
十六夜はそっと彼の肩に手を触れた。

「恐れない、と強く念じなくても良い」
「十六夜?」
「恐ろしい。それは奴を見て極普通の感想だ。
 普通の感性を捨ててはならん」
「でも、それじゃ彼奴には…」
「己を確りと持て、寿星。
 恐れても良い。恐れる己を捨てねば良い」
「!!」

寿星に漸く通じた様だ。
それを確信し、十六夜は確りと頷いた。
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