遺 産

16. 出現(第弐幕)

逃げ惑う群衆の波を掻き分け、
朔耶・乾月・鳴神は
風の様に真っ直ぐ向かっていた。

目的地に近付く度に感じる。
全身を貫く様な痛み。
これは何を意味しているのか。
朔耶には解っていた。

『俺を、待ってるんだろ?
 伝わってくるよ。
 アンタの憎しみ、恨みがな』

真っ直ぐに目的地を見据え
朔耶は改めて心に誓う。

『これは復讐戦じゃない。
 そんなちっぽけな戦いじゃない。
 まだそんな事にこだわってるアンタが
 これ程惨めに思える位にな』

過去に囚われている期間は終わった。
朔耶にとって大切なのは今と未来。
彼はその為に戦うのだ。

『終わらせてやるぜ、義兄!』

* * * * * *

「朔耶達が九重ここのえに張られた結界内に
 侵入出来た様じゃ」
「判るのか?!」
「あぁ。百鬼夜行の動きが変わった」
「確かに、苦しそうにも見える…」
「だとすると、時間は有りませんわね」

神楽はそう言って繊に目配せした。
此方も無事に目的地に到着したのだ。

「結界は私達で張ります。
 その後の維持は
 寿星さんにお任せする事になります」
「結界内は女人しか入れないとされてる。
 結界の外から護ってもらう事になるけど…」
「解った。破られない様に
 敵の攻撃を撃ち落とせば良いのか?」
禹歩うほと合わせながらな」
禹歩うほ?!」
「九字だけではお主に負担が掛かる。
 地の利を生かす為にも
 禹歩うほとの併用が望ましい」

十六夜は軽く言ってのけたが
寿星はどうも禹歩そのものに
自信が無さそうだった。

「足の運びを間違えたら
 その時点で結界が破れそうで…」
「そんなヤワな結界なんか張るかっ!」
「そ、そりゃそうだけどよぅ…」
「私は先程【地の利】と述べた」

自信無さげな寿星に対し
それでも十六夜は平然としている。

「お主が足を動かすのではない。
 この地が、白虎が導いてくれよう」
「??」
「十六夜さんの言葉、
 いずれその意味が解りますよ」
「昔張った時に見てたんだっけ?」
「いや、見てはおらぬ」
「え?」
「だが、祖父に全てを委ねられた時に
 彼の過去も受け取っておる。
 書物だけでは無い」

十六夜はそう言って、自身の左胸に手を当てた。

「【陰陽鏡】…」

礼惟のりただが残した遺産は確かに
十六夜を長年縛り、苦しめてきた。
しかし同時にそれらは
今こうして彼の血肉と成り、彼を守っている。

『皮肉なもんだな。
 この世界を護るヒーローって奴も…』

己の運命を当然として受け止めてきたこの男に
寿星は少しだけ同情した。
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