願いの縁を結ぶ者

16. 出現(第弐幕)

「ん?」

最初にそれに気が付いたのは乾月であった。

手応えが無い。
六条親王の繰り出したしもべとの戦いの中
彼は確実に戦況が変化した事を感じ取っていた。

『闇の気配が一気に薄まった』

それが何を意味するのか。
聡明な彼が解らぬ筈がない。

「そう云う事なら、ねぇ」

目の前の白装束を一刀両断にすると
彼は【兼元】を構え直した。

「師匠?」
「流石は九重ここのえ。麒麟が眠る地だけあるね。
 どの属性にも有利不利が無い」
「確かに」
「けど、どうやら風向きが変わった様だ」
「?」

乾月の言葉に鳴神は首を傾げている。
六条親王と激しく鍔迫合いながら
朔耶も又一人、状況の激変を感じ取る。

『焦っているな、六条。
 そりゃそうだろ。
 言わば、最後の切り札を失ったも同然』

百鬼夜行が十六夜に倒された事を
彼は【陰陽鏡】を通じて察していた。
その際に白虎が目覚めた事も。

『舐めてたんだよ、アンタは。
 十六夜の事も、四神の事も。
 そして……』

朔耶の両手に更なる力が籠められる。

藤原ふじわらの 道栄みちよしの事もな』

朔耶達の使役するこの力は十六夜の祖父
賀茂かもの 礼惟のりただだけでなく
藤原 道栄の助力あってこそ。
二人の退魔師が共に願った都の平安。
朔耶と共に戦う乾月、鳴神は
奇しくもこの二人の子孫にあたる。
だが、朔耶自身はそうではない。

『俺も又、願いのえにしを結ぶ者』

彼は自分の立場をそう理解している。
思いを継承し、戦い抜く。
そうやって集まった仲間達。

『志を同じくする者を大切に』

遠き昔。
尊敬する帝から【虎徹】と共に頂戴した言葉。
嘗ては、その存在が自分の主君 九条尊十六夜だけだった。

『今は、違う』

十六夜とは主従関係を超え、同志として。
そして、彼には更に志を同じくする存在が増えた。

『アンタが孤独の壁に身を隠している間にも
 時間は確実に流れてるんだよ』

言霊にはならない朔耶の思いは
刃を通じて六条親王に届いているのだろうか。
忌々しいとばかりに打ち付けて来る
悪鬼の如き表情。
だがそれも、今の朔耶には何ら恐怖を与えない。

『今こそ、化けの皮を剥いでやるよ。
 俺達の敬愛する兄貴の面をした悪鬼の正体!』

朔耶の持つ【陽の陰陽鏡】が更に輝きを増した。
彼の周囲に存在していた白装束の兵が
その光に当てられ、苦悶の声を上げる。

「へぇ~。【陰陽鏡】の光に除霊の効力が有るとは驚いた」

左程、驚いていない表情を浮かべながら
鳴神はそんな軽口を叩いていた。
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