幼児の魂

17. 正体(第弐幕)

【陽炎丸】の一撃を
何とか避けようとした六条親王だったが
妖刀の中では最も刃の長い【陽炎丸】は
その右頬に深い刀傷を与えた。

「九条、貴様…っ」
「人であれば血が流れる。痛みを感じる。
 だが、其方そなたにはそれ等が無い。
 …何故か?」
「…まさか?」
「そう。そのまさか、よ。乾月。
 この者は六条親王の人形ひとがた
 或いは式神…と呼ぶべきか」
「ん? 人形とも式神とも違う、と言うのか?」
「もっと陰湿な術が用いられておる。
 負の念を吸収した符を多量に作り出し
 幼子の魂をその内部に封じ込めてしまっているのだ」
「…成程な。道理で思考がやや幼稚だと思ったぜ。
 核となる魂がまだ【ガキ】って事な訳だ」

鳴神の口調こそ軽かったが、
汚らわしい物を見るかの様に
その視線は鋭く、冷たかった。

「千年の月日で更なる人々の負の念を集め
 魂の檻とも呼ぶべき人形がかなり強固となった。
 それに伴い
 陰の術の行使も強力になっていった…。
 分析すれば、そう云った所か」
「念とは、げに恐ろしきものよのぅ」

乾月の言葉に十六夜が答える。

「だからこそ、此処で決着をつける」

朔耶はそう言うと、改めて妖刀を構え直した。
十六夜に斬られた六条親王の右頬は
大きな空洞が開いているだけ。
空洞から覗く闇の深さに
今迄誰にも気付いてもらえずに存在していた
六条親王の孤独と絶望を感じ取る。

「だったら、無理やり引っ張ってでも
 こっち側に連れ出すだけだ」

床を蹴り、素早い攻撃を繰り出すと
相手も即反応してきた。

数が減ったとはいえ
まだ白装束のしもべ達が
其処彼処に存在して
朔耶の妨害を企てるべく動いている。
これ等の退治は引き続き
乾月と鳴神の担当だ。

「北に玄武、南に朱雀。東に青龍、西に白虎……」

十六夜は静かな声で何かを唱え始めた。

「都を守護せし神聖なる獣の神々よ。
 古きを破り、新しきを生み出す力を我に与えん。
 陰陽のえにしを導き、
 五行の流れに従い、始祖の神 麒麟をこの地に呼ばれたし」

十六夜の右手の宝珠がシャランと音を鳴らす。

直後。
その場に居た全員が同時に不思議な浮遊感に襲われた。
真っ白に覆わせる視界。
霧の中に漂う様に、彼等は【その地】に辿り着いた。
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