丹羽の中宮

17. 正体(第弐幕)

術で朔耶をサポートしながら
十六夜は突破口を探っていた。
六条親王の魂と接触出来るタイミングを。
しかし、【その時】はなかなか来ない。
魂の牢獄とも呼べる人型の堅固さは
麒麟の忠告通りだ。

『しかし、諦める訳にはいかない』

印を何度か結び直し
十六夜は確りと戦局を見つめる。

『千年。
 千年、待ったのだ。
 この時を…』

ふと、別れ際 繊に言われた事を思い出した。

『迎えに行ってあげないとな。
 もう、待ち草臥れてるだろうし』
 
彼女はそう言って微笑んでいた。

「ほんに、その通りじゃな」

十六夜はそう呟くと
瞬時に法界定印(ほうかいじょういん)を結び
直接、六条親王に斬弾を撃ち込んだ。

「い、十六夜っ?!」
「私の【気】を感じ取れますか、兄上?
 九条は今、貴方の直ぐ側に居りますぞ」

しかし、一発撃った程度では
最奥に封じられているであろう
六条親王には届かない。
十六夜もそれは承知の上で
気弾を数分狂わず全く同じ個所
六条親王の心臓の位置を狙って
連射し続けていた。

朔耶は十六夜の行動の意味に気付いたらしい。
妖刀を用いて巨大な気弾を作り上げると
それを思い切り六条親王の胸部へと放った。

「さ、朔耶?」
「破壊力なら俺の方が勝るから…
 とは、思ったんだけど
 少しやり過ぎたかな?」
「…いや、【壁】を破るには丁度良い」

苦笑を浮かべ、十六夜は指を指した。

「先程よりも見通しが良い」
「…確かに」
「兄上」

印を結び、十六夜は優しく呼び掛ける。
其処に居る筈の【兄】に。

『…は、要らない。
 …だ、から……』
「兄上?」

微かにだが、声が聞こえてきた。
泣いているかの様な、弱々しいか細い声。

『私は…要らない子だから、母上が悲しむ。
 私が産まれて来たから、母上が苦しむ。
 父上もお辛い筈。
 私の所為で…。だから……』

直後、その場に居た全員の脳裏に
同一の映像が流れ込んで来た。

中年の男の怒鳴り声。
若い女の泣き声。
やがて日は暮れ、灯りの下で
静かに聞こえて来る先程の女の声。

「親王として…
 貴方は生きていけば良いのです。
 母は、貴方が親王として
 父上様のお力となり
 やがて帝を継いでくれれば……」

女の声の正体は【丹羽の中宮】。
漸くここで察しがついた。
つまりこれは、六条親王の過去の映像。
では、あの男の声は一体。

「…あの声、聞き覚えが無い」

十六夜はハッキリとそう言った。

「俺もだ。
 玄武帝は十六夜と似た声だったし、
 そもそも怒鳴る様な方では無かった。
 いつも温厚で、穏やかな方だった」
「叔父上、玄武帝の弟君とも違う。
 祖父上とも。
 一体、何者…?」

次の日の朝。
まだ少年である六条親王は
じっと庭の池を見つめている。
季節は冬。
池の水には薄く氷が張っていた。
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