六条親王

17. 正体(第弐幕)

『女房達は、父親知らずの私を嘲笑っている。
 父上の跡は継げない。
 東宮は九条なのだから。
 あの子ならきっと、父上の様に民を守れる。
 九条には朔耶が付いている。
 だから、私が居なくても…大丈夫。
 私が居ない方が、きっと…皆、幸せになれる……』

氷が割れ、池は水柱を立て…
やがて、静寂を取り戻す。
何事も無かったかの様に。

映像は、此処で途切れた。

* * * * * *

「事故では…なかった。
 兄上は、御自身で……」
「自身の出生を知り
 ずっと一人で苦しんで来たのか…。
 俺達に何も言わず……」
「逆だ。
 きっと、言えなかったんだよ」
「「鳴神?」」
「誰にだって言えない事の一つや二つ、
 胸の中に秘めてるだろうに。
 それにな、10歳にも満たないガキが
 一人で抱えるにはデカ過ぎる問題だった」
「自分が消えれば万事巧くいく。
 皆が幸せになれる。
 何時からか彼は、
 そう思い込んでしまったのだろうな」
「…なれる筈が、無い」

声を震わせ、十六夜が呟く。

「幸せに等、なれる筈無かろう!
 私にとってたった一人の兄上なのだぞ!
 敬愛する大切なお方が…
 こんな、こんな悲しい結末で……
 納得出来る訳が無いっ!!」

直後、十六夜の手の勾玉の宝珠が
眩しく輝き出した。

『…九条?』

六条親王の魂が十六夜の存在に気付いた。

『其処に、其処に居るのか? 九条?』
「兄上…。随分と捜しましたよ。
 九条は、朔耶と共にお傍に居ります」
『九条…。朔耶…。
 私は……』
「六条様。
 隠れん坊はそろそろ御仕舞いにしましょう。
 又 女房達が大騒ぎしますから」
『私は…、でも……』
「お戻りくださいませ、兄上」
『九条…。
 私は、許されない存在なのだ。
 父上をこの手で殺め、
 お前の母上も、祖父上も、そして朔耶も……』

六条親王はそう言って泣いている。
人形ひとがたとして蘇ってからの記憶も
六条親王の魂に刻み込まれている。
その事実が十六夜を、朔耶を更に苦しめた。

「それは本当に【アンタの意志】なのか?」
「鳴神?」
『何者…?』
「俺は藤原の血に連なる者。
 この中じゃ立場上、アンタに一番近い」
『藤原家の末裔…か』
「アンタの母、丹羽の中宮の一族の直系では無いが…
 まぁ、それは今は良いか。
 俺が聞きたいのは一つだけ。
 アンタは『玄武帝を殺したいほど憎んでいた』のか?」
『……』
「どうなんだ?」

鳴神は【答え】に対して
確信がありそうだった。
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