黒 幕

17. 正体(第弐幕)

『私は……』

六条親王は自分の正直な気持ちを
必死に答えようとしているのだろう。
だが、その声を何者かが抑え込もうとしている。
不穏な気配が漂っている。

『私…ハ……』
「意志を強く持て!
 お前は既に【答え】を出している筈だっ!!」
『私…は……』

六条親王の魂は
必死に気配に抗っている。

『憎む…筈、無い……。
 お慕い…して、いた……』
「兄上……」
「……」
『血の、繋がらない子…。
 判っていた、筈…なのに、
 私を…息子、と……。
 愛する…人の子、と……』
「六条様…」
『なのに…、どうして……?』
「答えは簡単だ。
 その体はアンタの体じゃない。
 ガワだけ似せた偽物だ」
『偽物……?』
「偽物がアンタのフリをして暴れてたってだけ。
 やったのはアンタじゃない。
 偽物を作り出した奴が全部悪いんだよ」
『でも、私は…』
「兄上」

十六夜は優しく六条親王に語り掛ける。

「もう、お一人で悩み 苦しみなさるな。
 今は私も、朔耶も居りまする。
 そして先程の男、鳴神と
 我が親友 乾月も。
 兄上はもう独りきりでは御座いませんぞ」
『九条…?』
「在るべき場所へ参りましょう」

そう言って、十六夜は右手を差し伸べる。

カキーン

不意に振り下ろされた魔剣を
朔耶が妖刀で受け止めた。

「ガワの分際で生意気な…」
『滅べ』

六条親王の声ではない。

「先程の男の声…だな。
 丹羽の中宮を怒鳴りつけていた
 あの男の声と似ている」

そう言って乾月は表情を険しくした。

「師匠?」
「殺意の主…。
 そう云う事だったのか。
 だとすれば、合点がいく」

乾月は即座に印を結んだ。

神火清明しんかせいめい神水清明しんすいせいめい神風清明しんぷうせいめい…」

偽六条親王が唸り声を上げる。
重なる様に聞こえてくる六条親王の声。

『止めて! もう止めてください、…様っ!!』

朔耶と十六夜は苦渋に満ちた表情を浮かべた。
そして鳴神は。

「一族の面汚しが…っ!」

吐き捨てる様に言い放った鳴神に
偽物の殺意が向く。

彼はそれが最初から狙いだったのだろう。
鳴神は微かに唇を動かし
朔耶に何かを告げる。

『ア・ト・ハ・マ・カ・セ・タ』

「巫山戯んな、莫迦っ!!」

乾月の術が偽物の動きを止める。

その直後。

「「?!!」」

眩い光と淡い光が重なり合った何かが
その場に居た者の目に飛び込んで来た…
と思った瞬間、世界は純白に包まれた。
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