玄武帝

17. 正体(第弐幕)

母上はいつもお辛そうだ。
祖父上のお叱りは
昔からずっと続いているらしい。
父上にお会いにもならず
ずっと部屋に籠っておられる。

「母上…」

どうにかして母上をお助けしたい。
でも、どうして良いのか分からない。
誰に聞けば良い?
誰なら、母上の力になってくれるのだろう?

* * * * * *

そっと差し出された右手に
六条親王は気が付いた。
広く大きな、温かな手。
祖父の手とは全然違う。

恐る恐る自分の手を伸ばしてみると
そっと優しく握り返された。

「…父上?」

そうであって欲しい。
それは【祈り】にも似ていた。

「済まなかったね、六条。
 お前にも、そしてお前の母上にも
 寂しい思いをさせてしまった」
「父上…?」
「漸く【六条親王お前】に会えた。
 待っていたよ。【この場所】で」
「此処は……」

そして、六条親王は思い出す。
この場所で 父、玄武帝を斬った事を。
思わず手を振り払おうとしたが。

「その無念さ、寂しさ。
 お前が纏うあらゆる負の念。
 それを全て、この場で受け止めたかった。
 だが…我が力では願い及ばずであった。
 辛き思いを抱かせたまま
 千年という長い歳月を送らせてしまった。
 この地に留まり、こうして会える日を
 ずっと待っておったよ。
 六条・・・帰っておいで」
「でも、私は……」
「お前は私の大切な息子。
 愛する妻、丹羽の中宮が産み育ててくれた
 私達の大切な御子、大切な家族だ」
「でも、私の本当の父は
 貴方ではなく……」
「…知っているよ」
「?!」
「お前の本当の父が誰なのか
 私はそれをちゃんと知っている。
 だが、この私が
 お前を【我が息子】と認めている。
 本当の父親が存在し、お前に何を言おうとも
 私はその者にお前を渡す気など毛頭無い」

多分、自分はその一言が聞きたかっただけなのだ。
しかし…聞く勇気を持てぬまま
自身を追い詰めていくばかりだった。
その結果が、この惨状。

「まだやり直せる」

それでも父、玄武帝は
太陽の様な微笑みを浮かべ励ましてくれる。
自分を信じてくれている。

「お前はもう一人ではない筈だ」
「?」
「御覧」

玄武帝が指し示す先に
数人の姿が見える。

朔耶、十六夜。そして…。

壬生の女御みぶのにょうご……」
「お待ち申し上げておりました」
「貴女は…。
 貴女こそ何故、どうして笑顔で居られる?
 私は貴女に対して惨い仕打ちを…」
「私の知る親王は
 その様な事をなさいませんから」
「えっ?」
「今の貴方様こそ
 私のよく知る六条親王、その人です。
 罪を悔い、涙を流す。
 清くお優しい、貴方様ですよ」
「壬生の女御…」

嘗て自分がこの手で殺めた二人。
その二人が許してくれている。
己の過ちを。
そして、認めてくれている。
自分の存在を。

「…帰りたい」

六条親王は素直な気持ちを吐露した。
Home Index ←Back Next→