帰りたい

17. 正体(第弐幕)

「帰りたい!
 其方へ、貴方達の許へ!!」

必死に伸ばす六条親王の手を
しかし、何者かが無理矢理押さえ付けた。

「?!」
『この母を置いて、何処いずこへ?』
「母…上?」

それは鬼の形相を浮かべた
実母、丹羽の中宮であった。

『振り返ってはならぬと申し上げた筈』
「母上、私は……」

丹羽の中宮の背後から
触手の様に影が伸びて来る。
アレに捕まれば、又 暗き闇の世界に閉じ込められる。
そうと解っていても
六条親王は怯えた目で彼女を見ているだけで
一歩も動き出せずにいた。

『さぁ、六条…』

再び闇に取り込むべく迫って来る闇のかいな

『助けて…。
 私は唯、『帰りたい』だけなのに……』

六条親王の目から大粒の涙が零れ落ちた。
すると。

『ギャアアァァァーーーッ!!!』

魔物が雄叫びを上げて暴れている。
一粒の涙が刃となり
丹羽の中宮の一部となっている
闇の腕を一刀両断にしたのだ。

「え?」
「お迎えに上がりましたよ、兄上」
「…九条?」
「如何にも。参上仕りました」

涙を水の力に変換して利用し、
十六夜は四神 玄武の術で闇に応戦したのだ。
この術も又 祖父 礼惟が編み出したモノ。

「これ以上、兄上の御心を傷付ける訳にはいかぬ。
 たとえ相手が誰であろうとも」

十六夜は真っ直ぐに丹羽の中宮を
その背後に見える闇を睨み付けた。

「姑息な手を使いおって」

十六夜はそう言って
そっと六条親王の両目に手をかざした。
玄武帝と同じ、大きくて温かくて
何よりも優しい手の持ち主。
心から安心出来る大人の男の手。

「九条…」
「兄上。暫しの間、失礼致します。
 両目を閉じておいてくださいませ」
「? わ、解った」

六条親王が素直に両目を閉じたのを確認し
十六夜が深く頷いた。
するとその直後。

『なっ?!』

太陽の光が一面を覆い尽くす。
丹羽の中宮は慌てて顔を手で覆ったが
光は容赦無く彼女に襲い掛かった。
すると彼女の体が見る見るうちに
砂の様に崩れていった。
原形を留める事も出来ず
丹羽の中宮だった影は綺麗に消え去った。

その場に残されたのは一枚の式紙。
全ての元凶がこの紙である。

意志を持つかの様にユラユラと揺らめく紙は
再度六条親王に取り憑こうと鎌首を上げたが…
巨大な日本刀に貫かれた。

朔耶である。
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