終 焉

17. 正体(第弐幕)

「消えちまいな」

冷え切った声に呼応する様に
妖刀は刃から業火を吐き出した。
身動きが取れないまま
式紙は文字通り焼き払われていった。

* * * * * *

「もう大丈夫ですよ、兄上」

十六夜はそう言って微笑んだ。
目の前の六条親王は
自ら命を絶った9歳当時の姿。
この姿のまま
魂は千年にも亘って
人形に封じられていた。
改めて、残酷な仕打ちだと痛感する。

「九条…?」
「はい、如何にも」
「まるで…お前が私の【兄】の様だね。
 お前も、朔耶も……」

照れ臭いのか
十六夜は朔耶と顔を見合わせて
苦笑を浮かべていた。

「ありがとう、九条。
 お前とこうして、再び会えて良かった…」
「私もです、兄上」

六条親王は目を細め、
ゆっくりと朔耶・十六夜の顔を見つめている。

「今のお前は…
 父上、玄武帝にソックリだよ。
 まるで生き写しの様だ」
「…そうでありますか。
 兄上にそう言って頂けると
 とても嬉しく存じます」

六条親王はふと首を傾げ
やがて静かに一人頷いた。
十六夜から何かの気配を感じ取った様だ。

「お前の母上、壬生の女御は…
 それはそれはお美しく、お優しいお方だった。
 一人の女性として、私もお慕いしていた」
「……」
「九条。お前はそんな母上の血も引いている。
 きっと…心優しき女子と結ばれる事だろう」
「え…? あ……」
「…十六夜?」

咄嗟に十六夜が誰の事を思い浮かべたのか。
そしてそれを六条親王は知っているのだろうか。

「既に、想い人が居るようだね。
 その方と、末永く幸せにな」
「あ、兄上?」

クスッと笑みを零し
六条親王は朔耶と向き合った。

「ありがとう、朔耶。
 これからも 弟、九条を…」

そう言い掛け、一瞬考える。

「…我が弟【十六夜】の事
 改めて、宜しく頼むよ」
「六条様…。えぇ、必ず!」

六条親王は乾月・鳴神の方を向くと
深々と首を垂れた。
言葉は無い。
だが、心は伝わっている。

そして。

「父上。義母上ははうえ
 帰ります。
 私も、貴方様方の許へ」
 
白き光の道が上がった御簾の奥
帝の間から出現する。
その道を一歩、また一歩と踏み締めながら
六条親王はゆっくりと前へと進んで行く。

その姿はやがて光と完全に一体となり
静かに消えていった。

白き光の道も消え去り
スルスルとゆっくり下ろされていく御簾の音。
静寂が再びこの場所を支配した。
Home Index ←Back Next→