2.退魔師(第壱幕)

「包帯替えるか。汗かいたんじゃないのか?」

就寝前、十六夜に声を掛けながら彼の着替えを手伝う。
包帯を外していくと
白い肌には不釣合いな気になる痣を目にした。
丁度左胸、鎖骨よりやや下の位置。

(心臓よりは少し…上?
 変な所に痣が在るんだな。
 然もそれなりにデカいし…)

大人の女の握り拳程は在る。
目立つと云えば、目立つ痣だった。

「これ、痛いか?」

朔耶は確認する様に痣を指の腹で撫でた。
十六夜は顔を顰める事無く
黙ったまま朔耶を見つめている。
暴行で出来た打撲痕では無い様だった。

「平気?」
「あぁ…。これは、違う」
「怪我じゃないなら良いや。
 位置が位置だけに一寸気になってな」
「……」
「十六夜?」
「…大事無い」
「なら、良いけどよ」

十六夜の表情が曇っている。
触れて欲しくなかったのか。
それを確認する事すら難しい。

「俺は、お前の事を知りたい。
 只…それだけだ」
「朔耶……」
「話せる時が来たら教えてくれ。
 俺はそれ迄待ってるからな」
「…済まん、朔耶……」
「謝るなよ」

謝罪が欲しい訳ではない。
只…知りたい。

目の前のこの男が抱える闇を
自分が受け止める事が出来るのなら。
今迄も朔耶はそうやって生きてきた。

(もしかすると)

朔耶はふと思う。
試されているのかも知れない。
自分の人生に、誤りは無かったか…と。
答えは、正にこの十六夜が持っている。
何故か疑う事無く、そう感じた。

* * * * * *

『寝付きは悪い』と言っていた。
その言葉の通り、包帯を変えた後も
十六夜はなかなか寝付けなかった様だ。
慣れぬ場所での就寝はさぞ不安だったに違いないが。
彼が漸く眠りに就いたのは
朝陽あさひが昇って暫くしてからの事だった。

「それってさぁ…」

朔耶は欠伸を噛み殺しながら、眠る十六夜に向かって悪態を吐く。

「只の【夜行性】じゃね? 眠れないんじゃなくて」

初めて会った時とは別人の様な幼い寝顔を晒しながら
十六夜はどんな夢を見ているのだろう。

そんな事を考えながら朔耶はおもむろに自身の机に向かう。
愛用の煙草に手を伸ばし一息吐く事にした。

「そう言えば…」

同じく机の上に置かれた
十六夜の唯一とも云える所持品に目をやる。
かなり年季の入った数珠だった。

「十六夜の奴…坊主か何かか?
 普段から数珠を持ち歩いてるって
 今のご時勢、珍しいけどな…」

触れるのは躊躇ためらわれたので遠巻きに見つめているだけだったが、
それでも彼がこの数珠を大切にしている事だけは感じられた。
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