師 匠

2.退魔師(第壱幕)

十六夜が蓮杖神社にやって来てから2週間が過ぎた。
猫舌な彼の為にと作った笊饂飩ざるうどん
思いの他 好評だった事も嬉しかった。
彼の好みを少しでも増やしてやりたい。
最近の朔耶は料理の事で頭が一杯だった。

そんな或る日の事だった。

「邪魔をするぞ」

玄関先で馴染みの声がする。
それは、朔耶と寿星が【師匠】と慕う男
乾月けんげつ たけるの声だった。
乾月は朔耶の父、白露はくろと朝露兄弟とは酒呑み友達でもある。

「師匠、御無沙汰してます!
 どうしたんですか、今日は?」
「なに、近くを通ったからさ」

涼しげな表情を浮かべる優男。
見た感じ、威厳等は感じられない。
とても線の細い美丈夫である。

「…客人か?」

乾月は二階を見上げ、朔耶に声を掛ける。

「客ではないです」
「では…迷った小鳥を飼い慣らしたか」
「他に言い方有るじゃないんですかね?」
「まぁ、そうとも言うが。
 お前さんは後先考えずに保護活動し過ぎだからな。
 父上からも苦言を呈されてるぞ」
「げっ。親父の奴…。師匠に愚痴ってるんですかね?」
「愚痴と云うよりもだな…」

そのまま誘われる様に足は二階へ向かう。
朔耶は、乾月のこの行動が意外に思えてならなかった。
いつも冷静沈着な彼らしくない。
何処かで焦りと戸惑いを感じてしまう。

「師匠」

朔耶は思わず声を掛けた。
襖を開ければその先は朔耶の自室。
今は十六夜が眠っているかも知れない。
起こすのだけは避けたい所だった。

「…誰じゃ?」

襖の奥から十六夜の声がする。
彼も来客の気配を感じ取っていたのだろうか。

「俺だ。入るぞ?」
「…どうぞ」

同意を得られた事で襖をゆっくりと開ける。
ベッドの上に座る十六夜は
朔耶の後ろに居る人物の姿を確認すると大きく目を見開いた。

「…乾月?」
「やはりこの気配…お前だったんだな」
「えっ?」
「久しぶりだな、十六夜」
「あぁ…。お主も健在の様で何より」
「師匠…。十六夜と、知り合いなんですか?」
「よく彼の名が【十六夜】だと知ってたな。
 彼が自ら名乗る事はないと思っていたが」
「そう名乗ったんですよ。
 …【十六夜の月】の日に出会ったからって」
「ほぅ……」

乾月は目を細め、静かに頷いた。

「強きえにしに導かれたか…」
「はい?」
「…十数年ぶりかな、十六夜。
 お前は少しも変わっていないな」
「ふふ…。流石にお主は歳を重ねたか」
「あぁ。もう私も40歳を過ぎたよ」
「そうか…。そうであろうな…」

意味深な2人の会話内容。
朔耶は十六夜と乾月の顔を交互に見つめた。
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