理を外れし者

2.退魔師(第壱幕)

「師匠」

朔耶は思い切って乾月に声を掛けてみた。
自分だけ事情を知らないのは
彼の性格からも我慢ならぬ事だった。

「何だ、朔耶?」
「師匠は…十六夜の事、知ってるんですか?」
「…何故、それを聞く?」
「知りたいんです。十六夜の事、何でも」
「……」

乾月は無言で十六夜を見つめる。
それに対し十六夜も、無言で頷く。
『話しても良い』と云う事なのだろう。

「私が十六夜と組んでいたのは…私がまだ十代の頃。
 その頃から十六夜は退魔師の生業を行っていた」
「一人で、ですか?」
「あぁ。これだけの腕の持ち主だ。
 彼の術の噂を知り、探し出してでも…と云う輩も多かった」
「あぁ…」

朔耶は初めて十六夜と出会った時の事を思い出した。
あの騒動も、そうやって見付け出され
挙句、依頼を断られた腹いせに…と云う事なのか。

「その頃から、十六夜は何も変わらない。
 姿形も、立ち居振る舞いも何もかもが…十数年前と同じだ」
「それじゃ、十六夜は…」
「【人のことわり】から外れておるのじゃ、ワシは」

それ迄黙っていた十六夜が、漸く口を開いた。
俯いたまま、表情は変わらず。

「…十六夜」
「彼は歳を取らん。そして…死なん」
「どうして、そんな…」
「それは、何れ十六夜の口から語られるだろう。
 私が語るべき事では無い」
「……」

乾月は再度十六夜に視線を向けると
何を思ったのか、軽く笑みを浮かべた。

「それにしても…」
「ん? 何じゃ?」
「お前が自分の事を【ワシ】呼び、とは…。
 随分と背伸びを覚えたじゃないか」
「どう云う意味ですか? 師匠」
「十六夜はな、自分の事を【私】と言っていた。
 それが再会したら【ワシ】ときたもんだ。
 随分無理をして使っているのが見え見えで
 思わず吹き出してしまったよ」
「…悪かったな」
「そう、だったんだ…」
「余り下らぬ事を申すな、乾月」
「おや、照れてるのか?
 これ位構わないだろう、十六夜」
「……」

自分が知らなかった十六夜の一面。
最初はそれを知る乾月に苛立ちを感じたが。

(そんな可愛らしい一面があるとは…
 人って本当、見掛けに因らないよな)

「いずれにせよ」

乾月は朔耶に視線を送る。
先程とはまるで別人の様に真剣で、重みのある表情。

「十六夜と共に【生きる】のであれば、
 それ相応の覚悟だけは持っておけ。
 彼の置かれている状況は
 お前の今迄体験した物や常識を
 遥かに超えた所に存在しているとだけ
 忠告しておくとしよう」
「御忠告、肝に銘じておきます」
「お前なら大丈夫だと、信じているぞ」
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