共存の覚悟

2.退魔師(第壱幕)

激しい雨で良かった。
【魔】に喰われた為、血は左程流れなかったが
肉の腐る臭いだけはそう簡単に消せない。
この雨が全てを洗い流してくれる筈だ。何もかも、全て。
それを見送ったら、この街を去ろう。

十六夜は札の姿に戻った自分の式神に
そっと優しく微笑み掛ける。

「良い働きじゃったぞ。又一段と、腕を上げたな」

大切に浴衣の袖に札を仕舞い、
十六夜はふと誰かの気配を感じて振り返った。

「朔耶……」
「やっぱり、まだ此処に居たんだな」
「……」
「ヤスさんの供養は終えた。
 これで、ヤスさんも浮かばれる筈だ…。
 本当にありがとうな、十六夜…」
「ワシはその男を殺めただけだ」
「十六夜…」
「礼など要らぬ。
 寿星の言う様に、他の方法も…殺さぬ術も有った筈じゃ」
「…嘘吐くなよ。もう手遅れだったんだろ?
 俺達が動揺している間に、
 ヤスさんは魂を殆ど喰われていた」
「……」
「後一歩で完全に化物になっちまってた。
 だから…ああするしか無かったって」
「…誰がその様な事を?」
「師匠だよ」
「…乾月の奴」

小さく、十六夜が舌打ちをする。
余計な事を言われたと苛立ったのだろう。

「なぁ、十六夜」

朔耶はそのまま十六夜の腕を掴む。
長時間雨に打たれ、氷の様に冷え切った腕。

「俺達じゃ頼りないかも知れないけど…
 それでも俺は、お前を一人にはしたくない」
「ワシは…人に在らず。人のなりをした…【化物】じゃ」
「お前は【人間】だ!」
「……」
「人間だからこそ、ヤスさんの思いに応えたんだろ?!
 人間だからこそ、こうして苦しんでるんじゃねぇかっ!!」
「…朔耶」
「確かにお前は凄い力を持ってるのかも知れない。
 だけど、お前はその力で自分を温める事すら出来ねぇ。
 たった一人で、自分を苦しめて…
 そんな生き方を、もう俺はさせたくねぇんだっ!!」
「今迄の事で充分世話になった。ワシはそれで…」
「足りねぇんだよ、俺はッ!!」
「朔耶……」
「覚悟とか、責任とか、今はそんな事言いたくねぇ!
 だがな、十六夜。
 これ以上お前だけに辛い思いはさせたくねぇんだよっ!!」
「……」

十六夜は何も言わず、そっと目を閉じる。
朔耶が伝えたい気持ちは、理解出来た。
これが彼なりの【覚悟の形】なのだと云う事も。

「朔耶…」
「何だよ?」
「ワシが傍に居れば、必ずお主達に災いが起こる。
 それでも……」
「ならその災いごと、俺が倒してみせる」
「…?」
「強くなってやるさ。
 今に、お前以上の退魔師になってみせる。
 約束する。必ずだ」
「朔耶…」
「俺はもう逃げない。だから十六夜…」

朔耶がそう言って右手を差し出す。
十六夜も又、静かに微笑むと漸くその手を掴んだのだった。
Home Index ←Back Next→