浮き沈み

3. 好敵手(第壱幕)

「私は、お主に何が遭った迄かは聞かん。
 聞いた所で、それは私の自己満足に過ぎぬ。
 お主の過去が変わる訳で無く、痛みが消える事も無い。
 背中の龍の涙が乾く事も…な」
「十六夜……」
「ただ、『無駄で愚かな事をした』とだけ
 言っておくとするか。
 何も事情の知らぬ私の身勝手な言い草だがな」
「……」

背中に残した【昇竜の和彫】を見て
『泣いている』と言われたのは初めてだった。

この彫り物が在る為に大衆の面前で服は脱げず
カタギでありながら傷持ちの様な生き方を
しなければならなくなった。

後悔が無い訳では無い。だが、あの当時も…そして今も
心に受けた傷に比べれば遥かに楽だった。
そう、思い込もうとしていた。

何も言わずとも心の奥迄も見通す十六夜を
朔耶はそのまま抱き締めていた。
きっと、気付いて欲しかったのかも知れない。
この心に残る【傷跡】を。

「朔耶…?」
「もう暫く、このままで…良いか?」
「それは構わんが…」
「…ありがとう、十六夜」

驚いた表情の十六夜はされるがままで
だが、抵抗の素振りは見せなかった。

* * * * * *

何故あんな事をしたのか。
冷静さを取り戻せば随分と可笑しな事を仕出かしたものだ。

互いに裸体で何も言わず
朔耶は十六夜を抱き締め、十六夜は抱き締められていた。
誰かの足音を聞かなければ
自分達はずっとそのままで居たのかも知れない。

そう考えると何処と無く気恥ずかしくて
真っ直ぐに十六夜の顔を見る事が出来ない。

十六夜は、と云うと
特に先程の朔耶の言動に戸惑う事も無く
いつも通り、窓から月を眺めている。

自分だけが一喜一憂している様で何処と無く朔耶は面白くない。
乱暴にベッドに身を沈めると慣れた手でTVのリモコンを弄り出した。

「何かを視聴するのか?」
「あぁ。アニメでも見ようかなって」
「兄…目?」
「アニメーション。漫画が動くの。ロボットとか出てきたり、さ」
「…好きなんだな」
「あぁ、勿論!
 俺のダチもアニメーターやっててさ、よく現場に行くんだぜ」

興奮の余り、早口で捲くし立てる朔耶に
十六夜は困惑しながらも苦笑を浮かべ、何度か頷いて返す。
耳に慣れない西洋の秘術やその呪文でも
聞いている様な感覚だったのだろう。

「じゃあ、今度一緒に見るか?
 俺のお勧めは…そうだな、【ゲッターロボ】とかどうだ?」
「…げ…下駄、ろぼ?」
「いや、だから…【ゲッターロボ】って
 有名なロボットアニメが有るんだよ」
「…ほぅ。その辺は、朔耶に任せる」
「そうか? じゃあ、俺が選ぶぞ」

相変わらず意味は解らなかったが、
十六夜からすれば
これで朔耶が元気になってくれるのであれば
御の字なのであろう。
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