九字結界

3. 好敵手(第壱幕)

朔耶達が次の依頼を受け取ったのはそれから5日後だった。
随分と引切り無しに依頼が届く所を見ると
それなりに彼等の腕は評価されているのかも知れない。

宣言通り、十六夜もこの仕事には顔を出した。
浴衣では動き難いと判断した朔耶が
この日の為にと用意した作務衣を身に纏い
十六夜は周囲を見渡していた。

「どうした?」
「雷の気配を探っている」
「…鳴神か。来るのかな、彼奴アイツ…?」
「さぁな」

あくまでも十六夜が興味を示したのは
鳴神の【能力】であり、人柄では無いのだろう。
朔耶にしてみればそれも気になる事であった。
しかし、まだ未熟な自分達にとっては
これから現れる敵の存在こそに注意を向けるべきだ。
朔耶は心の中でそう自分に叱責する。

「あれか?」
「あ…」
「又かよ…」

十六夜が指差す先には先日苦戦したマネキンの群れ。
やはり、誰かが意図的にマネキンを投棄し、動かしているのか。

青龍 白虎 朱雀 玄武 勾陳こうちん 帝台ていたい 文王ぶんおう 三台さんたい 玉女ぎょくにょ

ボソボソと呟きながら十六夜が素早く
空中で何かの形に指を走らせる。
余りに速い指の動きに
寿星は何が描かれたのか理解出来なかった。

九字くじか?」
「まぁな。念の為だ」
「……」

自分の身を守る為では無い。
瞬時に朔耶はそう気付いた。
自分を中心にして或る程度の広さの地域を
丸ごと結界で『包み込んだ』のだろう、と。

「鳴神対策…か?」

朔耶の言葉に十六夜は微笑みで肯定した。

(此処迄備えるって事は…。
 まさか、十六夜が『この依頼に付き合う』って言った
 本当の意味は……)
「来たぞ」

朔耶の思案を打ち消す様に
十六夜の声が意識を現実に呼び戻す。

「落ち着いて【波動の中心】を見極めろ」
「十六夜…」
「お主達ならば造作無い相手じゃ。必ず出来る」
「……」
「自信を持て。それが気を充実させ、技を磨く。
 お主達の敵は正に『お主達の中』にこそ在る」
「…解った、十六夜。奴等は俺達で封じてやる」
「お主達の力、見せてもらうぞ」

十六夜は静かに微笑んでいる。
信じているからこそ、手は出さない。
彼の全身から、その思いが感じられる。

「やるぞ、寿星!」
「はいなっ!」

十六夜の結界の成果か、
普段以上に己の気が充実しているのを感じる。
寿星が放つ呪符に動きを抑えられたマネキンを見ても
先日の戦いとは格段に違った。

(中心だ。波動の中心を見極めろ)

その直後、朔耶の目は真っ黒に歪んだ楕円が
アスファルトに浮かび上がっているのを見付けた。
Home Index ←Back Next→