大人と子供

3. 好敵手(第壱幕)

十六夜はその場で深呼吸を始めた。
彼の呼吸に合わせて、周囲の大気が風を生み出し、
やがてそれが渦を巻き起こす。

「竜巻?」
「しかし十六夜の奴、真言を唱えてませんよね?
 一体どうやって…?」
「簡単な事だ。そんな事は当に済ませてたのだよ」
「「え?」」
「鳴神がどう打って出るかを読んでいた。
 その上でどの術を選択セレクトするか、
 お前達の戦いの間に
 十六夜は既に準備を整えていたのさ」
「そんな事が可能なんですか?」
「非常に危険な賭けでもある。
 だが、それを成功させる為に
 彼はもう一つ【罠】を仕掛けていた」
「もしかして、それって…」

朔耶は漸く合点が行った。
十六夜の此処迄執拗な挑発行為は
鳴神から正常な思考を奪わせ
攻撃衝動に陥れる為の【罠】だったのだと。

「最初から鳴神に勝ち目は無かった…。
 全て十六夜の【手の内】に在ったんだ」
「そう云う事だ。正しく『大人と子供の争い』だな」
「師匠…。
 師匠は、どうしてこの勝負を…?」
「なぁに、簡単な事さ」
「え?」
「私はな、もう誰一人として
 可愛い弟子を喪いたくは無いんだよ。
 ヤスの様な目には遭わせたくない」
「あ……」
「次にその危険が有るのは…
 自信過剰で怖い物知らずの鳴神だからな」

乾月にしても苦渋の決断だったのだろう。
負け知らずである鳴神のプライドを圧し折る事で
この先、未来はどう変化するのか。
吉と出るか、それとも…。

「…彼はその程度の男じゃない。
 負けを味わってから、本当の強さを知る。
 私は…そう、信じたんだ」
「じゃあ…十六夜は……」
「この茶番に付き合ってくれたんだよ。
 私の我儘に答えてくれたんだ」
「師匠……」

それが乾月と十六夜の間に存在する【絆】なのだろう。
悩み苦しむ乾月とそれを察し、実際に動いた十六夜。

「十六夜が術に移る。
 とばっちりを受けない様に私の後ろに隠れておけ」
「は、はい!」
「師匠、俺は……」
「下がっていろ、朔耶」
「…はい」
神火清明しんかせいめい 神水清明しんすいせいめい 神風清明しんぷうせいめい

3人を包み込んで現れた光の壁が突風を遮っていく。
まるで嵐の様に荒れ狂う風は
やがて鎌鼬を生み出し容赦無く鳴神を襲い出した。

(何だこの風は…?
 生きてるかの様に自在に動き回って。
 このままじゃ…やられるっ?!)

視界の先の十六夜は微塵も動じない。
歴然とした差を痛感しつつも敗北だけは認められない。
鳴神の体は自然と或る行動へ移行していた。
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