敗北の先

3. 好敵手(第壱幕)

このままでは負ける。鳴神の焦りは尋常ではなかった。
【恐怖心】が彼を狂わせているのだろうか。

(認めねぇ…。認められねぇ。俺は…俺は、負ける訳には…)

鳴神は無意識に或る物を召還していた。
利き腕に握られたのは、【妖刀 村正むらまさ】である。

「あ、兄ぃ! 鳴神の兄貴、光り物を。あれって【妖刀】じゃ…」
「鳴神の野郎ッ!」
「落ち着け、二人共。例え【妖刀】を抜いたとしても
 最早もはや、今の鳴神では十六夜に勝てない」
「え?」
「どう云う事ですか?」
「黙って見ているんだ。間も無く決着を迎える」

乾月に促されるまま2人は再度戦場に目をやった。

* * * * * *

ルールもへったくれも無い。
形振り構わなくなった鳴神に対し
十六夜は「やれやれ」と呆れ声を上げた。

「勝負を放棄すると云う事だな」
「黙れ! ぶった斬ってやるッ!!」
「…愚か者が」

斬り掛かる鳴神の一太刀を寸でかわし
鳴神の体を利用して、流れる様にそのまま彼の背後に回り込む。
次の瞬間、鳴神の首元には
十六夜の【妖刀】の刃が輝いていた。

「勝負有ったな」
「くっ……」
「まだやるか?
 私はそれでも構わぬが…次は生命の取り合いになるだろう」
「……」
「お主は乾月の愛弟子。朔耶や寿星の兄弟子と聞く。
 …無碍に若い生命を散らすものでは無い」
「……」
「今は素直に負けを認め、刀を鞘に収めるが良い。
 生きていれば何度でも勝負出来よう。
 お主が望むならばいつでも相手をしてやる」
「…その言葉、後悔するなよ」
「ふ…。後悔するつもりならばこの様な言の葉等を吐かぬ」
「…何て野郎だ。貴様みたいな奴、初めてだよ…」

鳴神は自嘲気味に笑みを漏らすと
そのまま【村正】を鞘に収めた。

「……俺の負けだ」
「それで良い。きっと今のお主は今迄の中で一番強くなった筈」
「へ、慰めなんて要らねぇよ」
「慰め等では無い。事実じゃ」
「……ありがとうよ、十六夜『さん』」
「鳴神、と言ったな。【雷神】の名を授かりし者。
 その雷が多くの生命を救う事を…期待しておるぞ」

* * * * * *

乾月と共に去って行く鳴神の表情は
今迄見た事も無い程穏やかなものだった。
人は【敗北】を知ってからが本当の成長なのかも知れない。

実力者同士の真剣勝負。
見ている側の自分でさえ手に汗を握る程 必死になっていた。
当の十六夜は何一つ変わらないまま飄々としていると云うのに。

「勝てる自信、有ったんだろ?」

寿星の問い掛けに対し十六夜は苦笑を浮かべたままだ。

「どうなんだよ?」
「…半分程はな」
「え? どう云う意味だ?」
「勝負は下駄を履く迄判らぬものじゃ」
「じゃあ何で…?」
「さぁ、何故じゃろうな。
 この様な無謀な勝負事等私らしくも無いと思うたが」

笑いながら帰路に着く十六夜を
朔耶は不思議な気持ちで見守っていた。
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