説 明

4. 商売敵(第壱幕)

不機嫌なまま乱暴に玄関から入って来た朔耶。
十六夜は呆然としたままそれを見送る。
後で入って来た寿星に訳を聞こうにも
朔耶が睨みを効かせて牽制するので
どうにもらちが明かなかった。

「やれやれ。これは本人に直接聞くしかあるまい」
「…よく兄ぃが怖くないな、十六夜」
「子供が駄々を捏ねているだけじゃろうに。
 あの不貞腐ふてくされ具合、可愛いもんだ」
「そんな…もん?」
「取り敢えず、朔耶に関しては何とかしてみよう。
 お主は少し休養を取った方が良いぞ、寿星」
「あぁ、そうするよ。今日はもう、何だか疲れた…」
「お疲れ様」

殺気を放つ朔耶の部屋へ
十六夜は苦笑を浮かべながら入って行く。
今は二人共同の部屋となっている為
流石の朔耶も十六夜を追い出す事は出来ないらしい。

「…何?」
「随分と不機嫌じゃな」
「まぁな」
「何が遭った?」
「今日は聞くんだ…」
「大した事無いと思ったからな」
「大した事無いだとっ?!」
「そうじゃ。
 誰一人怪我を負う事無く帰って来た。
 ありがたい事ではないか」
「……はぁ」
「朔耶?」
「お前と話してると和むと言うか…気が抜けちまうな。
 怒ってる俺の方が莫迦みたいだ」
「それ程腹立たしい事が遭ったか」
「あぁ」
「聞かせてくれぬか」

身を乗り出して来る十六夜に対し
幾分冷静になったのだろう、
朔耶は正面を向いて話す姿勢を見せた。

* * * * * *

「それは、お主の申す通りじゃな」

朔耶から事情を説明され、十六夜は深く頷きながら言葉を発した。

「その女子おなご、己の力を過信しておる。
 然もその力の拠り所は恐らく
 片腕となるもう一人の女子と【妖刀】の力であろう。
 間違っても本人の力では無い。
 或る意味、鳴神の一件よりも厄介じゃ」
「だろ?」
「じゃが…」
「ん?」
「本人も自覚しておるのではないか?」
「あれで?」
「あぁ。焦りを感じる。
 是が非でも力を認めさせねばならぬ事情が
 その繊と云う女子には有るのかも知れんな」
「…成程ね」

十六夜は暫く何かを考えている様だった。
そして徐に自身の作務衣の袖に隠してある
一枚の札を取り出した。

此奴こやつをお主に供するとしよう」
「これって、お前の式神?」
「そうじゃ」
「でも、式神って主の言う事しか聞かないだろ?」
「私の式神しきは、私が指名した人間の命も聞き入れる。
 安心して使役すれば良い」
「…じ、じゃあ ありがたく拝借する」
「良き訓練の一環には成るであろうよ」

十六夜はそう言って笑っている。
立派な退魔師に成りたいと願う朔耶の思いを
十六夜は理解してくれているのだろう。
そう思うと、朔耶は心が楽になった。
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