5. 妖刀村雨(第壱幕)

弓の意向に逆らう事は出来ず結局は綺麗に髭を剃られた
十六夜に対し朔耶はひたすら平謝りであった。

「何謝ってんのさ」
「だってなぁ、お袋。
 十六夜は別に『剃って欲しい』とは一言も言ってなかったじゃねぇか。
 それを無理矢理…」
「承諾を得てから剃ったろ? 私が何時、勝手に剃った?」
「いや、あの…なぁ、お袋…」
「気にするな、朔耶。母上様は私を思うて髭を剃って下さった訳だから」
「ほら!」
「…ったく」

相変わらずな母親に対し朔耶も苦笑を浮かべるしかない。
弓はそんな朔耶を暫し眺めていたが
不意にこんな事を言い出した。

「朔。アンタ、何時いつからそんな力持った?」
「え?」
「陽の気を纏うアンタに今迄に無い【陰の気】の気配を感じる。
 いずれ備わる力、だね」
「…どう云う意味だ?」
「言ったままさ。自分で解釈しな」

弓は父、白露とは違い先天的にかなり高い霊力を備えている。
元々が霊能者を輩出する家系だったらしく
朔耶も弓の血を色濃く受け継いでいるのだ。

「いずれ、俺が手にする力…」
「……」
「十六夜?」
「…母上様は、未来が見えるのですか?」
「未来なんて大それたもんじゃないね。
 ただ、母親として息子の変化を感じ取る力が有るって事かな?」
「成程…」

十六夜は弓の言葉の意味を理解した。思い当たる節も有ったのだろう。

「十六夜、どう云う意味?」
「こればかりは説明してどうする事も出来ぬ。
 自分で答えを見付けるしかないかも知れぬな」
「お前迄も、お袋みたいな事言うんだな」
「それが【総意】だと思うて諦めるんじゃな」

十六夜はそう言って笑っている。
穏やかで明るい笑顔に朔耶も自然と釣られて笑った。

「良いコンビじゃないか、アンタ達。安心したよ」
「お袋?」
「よく似てるね、笑顔が。鏡を通して見てる様な気がする。
 差し詰め、朔が【光】で十六夜君が【かげ】か」
「何だよ、それ?」
「…【陰陽】、ですな」
「うん、そう云う事。
 流石にその方面じゃ十六夜君の方が博識か」

それ程、話をした訳では無い筈なのに
弓は既に十六夜の事を見通した様だった。

「で、白露ちゃんは?」
「さぁ? 真面目に宮司の仕事してんじゃない?」
「あれま、珍しい。明日は槍が降るよ」
「お袋……」
「久々に帰って来たんだ。今日は私が食事を作ってやるよ。
 何が食べたい?」
「じゃあ…アジフライ、かな」
「判ったよ」
「あ、お袋。十六夜は熱いの食べられないから…」

久々の母の手料理にワクワクしながら
朔耶は十六夜の食事について説明を始めた。
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