炎を
朔耶の場合、パンチスピードが速いのだ。
一打を巧く交わしてもその先に次の攻撃が迫る。
パンチを交わしてもキックが襲う。
肉弾戦に慣れているとは云え、この速さは脅威だ。
『人間離れしてるとは…この事か。成程、やはり面白い男だ』
まだまだ余裕がある。男の表情は確かに、そう言っている。
『ならば…私も少々本気になるかな。
真の姿を示してこそ、お前の様な武人に答えたと言うもの』
「何?」
男はバックステップで朔耶の攻撃を交わすとそのまま姿を消した。
目の前に在るのは青白い色に輝く【妖刀】のみ。
そう、先程の鳴神はこの状態の男に完膚無き迄に敗れたのだ。
【村正】を携えていたにも関わらず。
倒すべき対象が目の前から消えた事により
朔耶が維持していた集中力が一気に途切れ、纏っていた炎も鎮火する。
「消えた…?」
慌てて男の気配を負うものの
結界が邪魔をして精神集中出来ない。
焦りで、奥歯をギリギリと噛み締める。
「負けられねぇ……」
先程の攻撃で男に致命傷を与えられなかった事が
逆に朔耶にとってはかなりの窮地となっていた。
先程同様の気の高まりと集中力を維持するには
余りにも消耗し過ぎていたのだ。精神的にも、肉体的にも。
「それでも、負けられねぇんだ…」
『何故に?』
「約束、したからさ」
『誰と?』
「俺の…大切な存在と」
その時、脳裏を過ぎった笑顔は
随分と遠い昔の様な気さえした。
(十六夜…お前との約束。
俺は、必ず果たしてみせる…っ!!)
もう一度、気力を振り絞る。十六夜との約束を果たす為に。
その想いだけで、自身を奮い立たせる。
『…人の心とは面白いものだ。
絶対的な窮地に立たされても
尚 諦めずに立ち向かうと言うのか』
「あぁ、諦める訳にはいかねぇんだ。
俺はな、強くならなきゃいけないんだよ」
『誰の為に?』
「自分の為に。そして…」
朔耶はもう一度、【気】を炎に変えて立ち向かう。
これで倒せなければ、正直厳しい。
それでも、朔耶は構えを取る。
「俺の…大切な存在の為に」
『お前の決意は見せてもらった。
ならば今度は…お前の実力を見せてもらおう。
お前が未だ気付かぬ、お前自身の真の力を』
【妖刀】が静かに動き出す。
剣士の姿は見えぬままだが、
朔耶はその動きを追おうとしていた。