大切な存在

5. 妖刀村雨(第壱幕)

男は朔耶の肉弾攻撃をあなどっていたらしい。
炎をまとう攻撃スタイルも驚きだが
朔耶の場合、パンチスピードが速いのだ。
一打を巧く交わしてもその先に次の攻撃が迫る。
パンチを交わしてもキックが襲う。
肉弾戦に慣れているとは云え、この速さは脅威だ。

人間離れしてるとは…この事か。成程、やはり面白い男だ

されているとは云え、男はやはり嬉しそうに笑っている。
まだまだ余裕がある。男の表情は確かに、そう言っている。

ならば…私も少々本気になるかな。
 真の姿を示してこそ、お前の様な武人に答えたと言うもの

「何?」

男はバックステップで朔耶の攻撃を交わすとそのまま姿を消した。
目の前に在るのは青白い色に輝く【妖刀】のみ。
そう、先程の鳴神はこの状態の男に完膚無き迄に敗れたのだ。
【村正】を携えていたにも関わらず。

倒すべき対象が目の前から消えた事により
朔耶が維持していた集中力が一気に途切れ、纏っていた炎も鎮火する。

「消えた…?」

慌てて男の気配を負うものの
結界が邪魔をして精神集中出来ない。
焦りで、奥歯をギリギリと噛み締める。

「負けられねぇ……」

先程の攻撃で男に致命傷を与えられなかった事が
逆に朔耶にとってはかなりの窮地となっていた。
先程同様の気の高まりと集中力を維持するには
余りにも消耗し過ぎていたのだ。精神的にも、肉体的にも。

「それでも、負けられねぇんだ…」
何故に?
「約束、したからさ」
誰と?
「俺の…大切な存在と」

その時、脳裏を過ぎった笑顔は
何時いつ頃に見せてくれたものだろうか。
随分と遠い昔の様な気さえした。

(十六夜…お前との約束。
 俺は、必ず果たしてみせる…っ!!)

もう一度、気力を振り絞る。十六夜との約束を果たす為に。
その想いだけで、自身を奮い立たせる。

…人の心とは面白いものだ。
 絶対的な窮地に立たされても
 尚 諦めずに立ち向かうと言うのか

「あぁ、諦める訳にはいかねぇんだ。
 俺はな、強くならなきゃいけないんだよ」
誰の為に?
「自分の為に。そして…」

朔耶はもう一度、【気】を炎に変えて立ち向かう。
これで倒せなければ、正直厳しい。
それでも、朔耶は構えを取る。

「俺の…大切な存在の為に」
お前の決意は見せてもらった。
 ならば今度は…お前の実力を見せてもらおう。
 お前が未だ気付かぬ、お前自身の真の力を


【妖刀】が静かに動き出す。
剣士の姿は見えぬままだが、
朔耶はその動きを追おうとしていた。
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