契 約

6. 再戦(第壱幕)

「十六夜! 十六夜ぃーっ!!」

【虎徹】が突き刺さったままの十六夜の体を
朔耶は抱き締めながら叫び続ける。
硬く目を閉じたまま、
それでも十六夜は静かな微笑を浮かべていた。

「こんな…こんなのって、アリかよ…?」

涙が溢れて止まらない。
大切な存在をこの手で殺めてしまった。
そう思うからこそ、居た堪れなかった。

…やれやれ。大袈裟な奴だな

意識体【村雨】はそう言うと
呆れた表情で朔耶を見つめる。

お前はこの私に勝ったんだぞ。
 嬉しくないのか? もっと喜べ

「喜べるか! 最愛の人間が死んだんだぞ!!」
…あのなぁ。
 お前は本当に【妖刀】の性質を解ってない様だ…

「んだと?!」
その男の何処が【死人】だ。
 血の一滴も流れていないじゃないか

「……えっ?」

好い加減に芝居は止めたらどうだ?
 此奴も反省している様だし

「え? ど、どう云う事だ?!」
「……【虎徹】と私は契約している間柄。
 謂わば【同じ気】を纏う者同士。
 私の気で攻撃しても、私自身を傷付ける事は出来んよ」
「いざ…よ、い…?」
「【妖刀】の性質については多少教えただろう?」
「十六夜…。本当に、お前……」
「生きておるよ。勝手に殺すな」
「十六夜っ!!」

よく見れば確かに、刺さっていた筈の【虎徹】は
十六夜の体内に戻ったか、姿を消していた。
作務衣の裂けは有るものの、
刀が貫通した筈の胸に傷は無い。

「朔耶。何を悠長にしておる。ほら、早く契約をせんか」
「契約ってたって何をすれば…」
「【村雨】に宣言するのじゃ。お主こそが【契約者】だとな」
「ど、どうやって…?」

流石に付き合い切れなくなったか、
天然パーマの髪をボリボリと乱暴に掻き上げると
【村雨】は盛大な溜息交じりで口を開いた。

名を名乗りゃ良いんだよ
「え? それだけ?」
俺がそれで良いってんだよっ!
 さっさと名乗りやがれ、このスカポンタンがっ!!


先程迄の仰々しい口調とはまるで違う。
随分と品の無い早口で捲くし立てられ
朔耶もどうやら冷静さを取り戻した様だ。

「んじゃ名乗ってやるよ!
 耳の穴かっぽじいてよく聞きやがれ!
 俺は朔耶! 【蓮杖 朔耶】だ!!」
【蓮杖 朔耶】…。確かに我が身に刻んだぞ!
「はぁ~?」

俺の本当の姿はその刀。
 今のこの姿は謂わば映し身だ。
 テメェ等はそうとも知らずに
 今迄必死に映し身と戦ってたって訳だ。
 十六夜の助太刀が無けりゃ、
 お前 契約出来なかったよ?
 感謝するんだね、大切な恩人さんに

「…言われなくても」

盛大な笑い声を響かせ、【村雨】は本来の姿に戻る。
確かにその柄には朔耶の名が刻まれてあった。

「良かったな」
「本当に、十六夜の御蔭だよ。ありがとう。
 何度言っても言葉が足りねぇ…」

多少は攻撃を受けた胸が痛むのだろう。
前屈みの状態で立ち上がる十六夜に肩を貸しながら
朔耶は感謝の気持ちを伝えた。
すると。

「契約を果たしたのは朔耶、お主自身じゃ。
 お主本来の能力、そして努力が実ったからじゃよ」
「十六夜…」
「これでお主も【妖刀遣い】となった訳じゃ。
 その使命も覚悟も、今迄よりも更に重くなる」
「…解ってるさ。だが、俺は負けねぇよ」

十六夜はもう、何も言わなかった。
只 黙って頷き、笑みを浮かべていた。

「報告に行こう。それと、お前も叔父貴に診てもらおうな。
 その…心配だから、さ」
「解っておる。さぁ、参ろうか」
「あぁ!」

陽は何時の間にか沈もうとしていた。
夕刻、戦い終えた2人の男の背中は
いつの間にか同じ位の大きさとなっていた。
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