交差点

7. 使い魔(第壱幕)

「十六夜。明日、散歩に出ないか?」

突然の朔耶の呼び掛けに
十六夜は目を大きく見開いて驚いていた。

「散歩?」
「そう。え~っと…あの鳩ちゃんと狐ちゃんをな。
 って…彼奴等の名前、何て言うんだ?」
「名は無い」
「名前、付けてないのか?」
「あぁ。名を付けると云う発想すら無かった」
「そうなのか。それも不便だよな」
「不便…なのか?」
「不便だろ。呼ぶ時に名前が無いと」
「そう云うものか…」
「まぁね」

十六夜は暫し思案し、やがて小さく頷いた。

「相分かった」
「ん?」
「ならば朔耶よ。お主が名を付けてやるが良い」
「…そう云うもんなの?」
「私が良いと申しておるのじゃ。
 この者達もそう望んでおる」

彼はそう言って微笑むと
懐から取り出した札と竹筒に手を添えた。

「…解った。じゃあ、良い名前を付けてやれる様に
 少し考える時間をくれよ」
「勿論」
「お前達の名前、最高なものにしてやるからな!」

朔耶がそう声を掛けて触れると
札と竹筒は微かにだが発光していた。

* * * * * *

次の日。

使い魔である鳩と狐は役目以外で初めて実体化し、
朔耶と十六夜に連れられて散歩に出掛けた。

元々が霊体であるこの二体を確認出来る輩は居ない。
雑踏を器用に避けながら、
それでも二体は充分に楽しそうだった。

「街は相変わらず気忙しいし…。
 もう2月の催事かよ、早いなぁ」

ぶっきら棒な言葉を吐きながらも
朔耶の左手は十六夜の右手を確りと握り締めている。
人波に飲み込まれて、一人 彷徨わない様に、と。

「朔耶」
「ん? どうした?」
「…あの十字路」
「何か居るのか?」
「…此処から動いてはならぬ」

危険を察したのだろう。十六夜の表情は険しくなっていた。

「何が居るってんだ? 俺にはまだよく見えねぇが…」
「この念は…」
「十六夜?」
「ならぬ。それだけは…ならぬ!」

十六夜の声は、巨大な鉄の塊の激突音や
雑踏の人々の叫びで掻き消された。

朔耶は反射的に自身の体を楯にして十六夜を抱き締め守っている。
油と埃の混ざった煙の匂い。その中に微かだが、血の臭いも感じた。

「幾ら交通事故が多い場所だからって今のアレは結構デカいぞ。
 大丈夫か? 十六夜」
「私は問題無い」
「お前等も無事か?」

朔耶は足元に待機する二体の使い魔に声を掛ける。
彼等も十六夜と同様、何かを感じ取ったのか
黙ったまま事故現場の一角を見つめていた。
Home Index ←Back Next→