突然の朔耶の呼び掛けに
十六夜は目を大きく見開いて驚いていた。
「散歩?」
「そう。え~っと…あの鳩ちゃんと狐ちゃんをな。
って…彼奴等の名前、何て言うんだ?」
「名は無い」
「名前、付けてないのか?」
「あぁ。名を付けると云う発想すら無かった」
「そうなのか。それも不便だよな」
「不便…なのか?」
「不便だろ。呼ぶ時に名前が無いと」
「そう云うものか…」
「まぁね」
十六夜は暫し思案し、やがて小さく頷いた。
「相分かった」
「ん?」
「ならば朔耶よ。お主が名を付けてやるが良い」
「…そう云うもんなの?」
「私が良いと申しておるのじゃ。
この者達もそう望んでおる」
彼はそう言って微笑むと
懐から取り出した札と竹筒に手を添えた。
「…解った。じゃあ、良い名前を付けてやれる様に
少し考える時間をくれよ」
「勿論」
「お前達の名前、最高なものにしてやるからな!」
朔耶がそう声を掛けて触れると
札と竹筒は微かにだが発光していた。
次の日。
使い魔である鳩と狐は役目以外で初めて実体化し、
朔耶と十六夜に連れられて散歩に出掛けた。
元々が霊体であるこの二体を確認出来る輩は居ない。
雑踏を器用に避けながら、
それでも二体は充分に楽しそうだった。
「街は相変わらず気忙しいし…。
もう2月の催事かよ、早いなぁ」
ぶっきら棒な言葉を吐きながらも
朔耶の左手は十六夜の右手を確りと握り締めている。
人波に飲み込まれて、一人 彷徨わない様に、と。
「朔耶」
「ん? どうした?」
「…あの十字路」
「何か居るのか?」
「…此処から動いてはならぬ」
危険を察したのだろう。十六夜の表情は険しくなっていた。
「何が居るってんだ? 俺にはまだよく見えねぇが…」
「この念は…」
「十六夜?」
「ならぬ。それだけは…ならぬ!」
十六夜の声は、巨大な鉄の塊の激突音や
雑踏の人々の叫びで掻き消された。
朔耶は反射的に自身の体を楯にして十六夜を抱き締め守っている。
油と埃の混ざった煙の匂い。その中に微かだが、血の臭いも感じた。
「幾ら交通事故が多い場所だからって今のアレは結構デカいぞ。
大丈夫か? 十六夜」
「私は問題無い」
「お前等も無事か?」
朔耶は足元に待機する二体の使い魔に声を掛ける。
彼等も十六夜と同様、何かを感じ取ったのか
黙ったまま事故現場の一角を見つめていた。