仔 犬

7. 使い魔(第壱幕)

十六夜が立てた仮説。それは余りにも悲しいものであった。
しかし、それが事実かどうかを確認しなければならない。
そして…もし、事実であったとしたら……。

「祓う…しか、ねぇのか」

気が重い。知らず知らずの内に、漏れるは溜息。
悲しみと苛立ちが、口を吐く。

「お主は何もせすとも良い」
「しかし…」
「朔耶、人には適所と云うものがある。
 己の能力を最大限に生かせる場所がな。
 お主の『祓う』力。そして私の…『昇らせる』力」
「それって…【除霊】と【浄霊】?」
「そうじゃ」

足取り重く、目的地に向かいながらも
朔耶は何処かで信じていた。
この救い様の無いと思われる出来事でさえも
十六夜であればどうにか出来るのではないか、と。
それは【奇跡】を待つ様にすら思えた。

(人の持つ思いが力を発現するなら…
 それを【奇跡】と呼ぶのなら…)

何処かでこの悲しみを断ち切りたい。
それが可能であるのならば。
それを可能と出来るので有れば。

* * * * * *

目的地に近付くと、今度は朔耶の目にもハッキリと
その姿を捉える事が出来た。

「柴犬…? 然も彼奴アイツ、まだ仔犬じゃねぇか。
 本当にあの仔犬の霊が…?」
「霊を見た目の姿で判断するな。
 なりに騙されてはならぬ。
 念の強さこそが奴等の強さと心得るのじゃ」
「念の強さ…」

改めて、目的地に浮かぶ仔犬の霊に目をやる。
小さな体から滲み出るドス黒い霧の様な気を感じ取った。
憎悪、殺気。それ等が溢れ返っている。

「此処で待っておれ、朔耶」
「俺も行く」
「しかし…」
「確かに俺は除霊しか出来ないけどな。
 だけど今の俺だから出来る事だって有る。
 何か力になれる事だって有るかも知れないだろ?
 安心しろ。足手纏いにはならねぇよ」
「…そうじゃな」

十六夜の目は笑っている。切迫する中で、それでも穏やかに。

「では、参ろうか。朔耶」
「あぁ、彼奴を救ってやろうぜ」

目の前に広がる黒い霧。其処から低い唸り声が聞こえてくる。

来て…クレナイ、ノ…?
「この声は…?」
「あの者の心の声じゃ。
 己を捨てた主人を忘れられず、
 その身が滅んでも尚…この地に留まり
 やがてはこの地に繋がれてしまった」
「地縛霊…なのか……。酷ぇ…」
「悲しみが憎しみを呼び、やがて思慕は恨みへと変わる。
 癒される事の無い負の連鎖へと、引き込まれる」
「間に合うんだろうか? 彼奴を救うのに…」
「迷うな、朔耶」
「十六夜…」

十六夜の横顔を見つめるが
彼の表情に何一つ不安の色は無かった。
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