浄 霊

7. 使い魔(第壱幕)

「どうなってんだ? 十六夜の奴、一体何を…?」

十六夜の一連の行動の意味が解らず
朔耶はただその姿を見守るのみ。

言葉通りよ。
 未練と云う名の鎖を断ち切ってみせたのさ

「【虎徹】を突き立てて? 地面に?」
霊力の通り道、霊脈の流れを一時的に止めたんだ。
 まぁ、あんな芸当が出来る奴なんて
 殆ど見かけた事無いけどよ

「お前でもか? 【村雨】」
あたぼうよ。
 大体、浄霊だけなら態々霊脈に働き掛けんでも
 術師の能力だけで何とかなるだろ。
 それも十六夜程の能力者なら…。
 彼奴、何考えてんのかね?

「さぁ…。サッパリ解んねぇ…」
…だろうな

「危険な技なのか?」
そりゃそうよ、危険過ぎるわ。
 万が一しくじれば、塞き止めた霊脈の力が逆流し
 真面にその勢いを食らうんだからな。
 ダメージだって魂迄到達すらぁ

「十六夜……」

たかが浄霊、かも知れない。されど浄霊、なのだ。

少なくとも朔耶には
十六夜が己の生命を賭けてこの浄霊に挑んでいる事を
真摯な思いを抱いて取り組んでいる事を痛感した。

* * * * * *

思った様に力が満ちてこない。
仔犬の霊は思い通りに行かぬ自身に苛立ち
やがては唸りながらその場で暴れ出した。

十六夜も又、目を背ける事無く
黙って仔犬の動きを見守っている。

ドウシテ、迎エニ来テクレナイノ?
 僕…オ利口ニ待ッテルノニ…ッ!


思い通りにならない現実が仔犬の心を全面に表す。
待って、待って、待ち焦がれて。
それでも現れてはくれなかった愛すべき主人。
彼女の乗っていた車。赤い、赤い車…。

仔犬の持つ気持ち、思慕、悲しみが
十六夜の脳裏にイメージとして伝わってくる。
やがてそれ等は硝子の様に砕けた。
何もかもを失ったその瞬間…
体を引き千切られる様な激痛が十六夜の全身を襲う。

「うっくぅ……」

痛みに耐え、声を抑える。
痛みが引いても苦しみは消えぬまま
より一層、心の傷は広がる。深くなる。

「此方じゃ…。お主の居場所は、此処に在る…」

優しく微笑み、そっと呼び掛けながら右手を伸ばす。
十六夜の姿は月の様に穏やかな淡い光で包まれていた。

…誰?
「お主を、迎えに来たのじゃ。
 さぁ…共に参ろう」
迎エ?
「そうじゃ。この光が見えるか?」

十六夜が指し示す光の道は真っ直ぐに空へと繋がっていた。
仔犬は黙ってその道を見つめる。

「もう、苦しまずとも良い。お主は充分に耐えたのじゃ。
 早く自身を許し、楽になっておくれ」

仔犬は十六夜を黙って見つめていた…が
やがてゆっくりと彼の側に歩み寄り
傷付いたのであろうその右腕を優しく舐め出したのだった。
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